立派な主人へ
「お二方、ドリンクはいかがでしょう?」
グラスの乗った盆が差し出される。
「あぁ、それではブドウを。」
「私も同じく。」
渡されたのは曇りなく透き通りながらもこちらを映す磨かれたグラス、その中には芳醇な香りが閉じ込められたブドウのジュース。
「当家自慢のブドウジュース、お気に召して頂けましたかな?」
ヤーンさんがにっこり微笑んでいた。
「昔から言ってるじゃん。ヤーンさんのジュースは本当に美味しいって。」
「素敵です。おいしいです。」
これは嘘じゃない。昔からここに来る時、帰りにジュースを一本貰っていた。それが楽しみで、だからアイツが居てもここに来ていた。
「ハハ、そう言って頂けると農家冥利に尽きますな。
今はまだですが、大人になった時は是非自慢のワインもご賞味ください。
モンテル様の生まれた日に作ったものが用意してあるので、その日が来たら、ぜひ受け取ってください。」
「ヤーンさんのお祝いの言葉と一緒に受け取るよ。」
「ハハ、老骨に無理難題を……いやしかし、リバルツ家執事として、お客様の願いに応えるは至上。謹んでお引き受けいたしましょう。」
「そうだ、ヤーンさん、ありがとう。」
料理の載ったテーブルの上に視線を送って、そのお礼の意味を伝える。
万一にでもアイツに知られるとヤーンさんが怒られかねない。
「ハハ、何のことでしょうな。
ヤヤーナ坊ちゃんから幾つか料理のご指定はありましたが、その他は『お前の腕を信じているから好きにしろ。』と命じられたので、好きにさせて頂いたまでですので。
是非、ご歓談と共にお楽しみください。」
ゆっくりウインクをして答えてくれた。
「勿論。」
「ありがとうございます。」
「ヤーン、お客様の様子はどうだ?」
「坊ちゃん。それはもう、皆様にはお楽しみ頂いております。」
「坊ちゃんはやめるんだ。このパーティーの主人はこのボクなんだから。」
「ハハ、大変失礼いたしました。しかし、呼称一つで評価が変わるほど坊ちゃんの評価は低くはありませんよ。」
「わかってる。」
「ヤヤーナ様。」
「……ありがとう、ヤーン。」
主に物怖じせずに諫める。良きメイドを持たれた。
「にしてもヤーン。随分と、料理のレパートリーが偏ってないか?
お前の腕なら、もっと色々と作れたんじゃないか?」
「ハハ、私も齢を重ねましたからな。ふと、レシピを失念することもあります。」
「その割に、アイツの好物はよく覚えているんだな。」
「ハハ、『アイツ』とはどなたのことですかな?」
「……フン、まあ良い。今日の僕はこのパーティーの主人だ。来客全員を満足させずに終わらせるなんて、恰好悪い真似は出来ない。
それに、『お前の腕を信じているから好きにしろ。』と言ったのはこのボクだ。自分の言葉を曲げて他者を罰するほど浅はかじゃない。
味は最高なんだろ?なら今日くらいは構わない。」
……立派になられた。
生まれて、立つようになり、歩き、走り、こうして茶会を主催するほど立派になられた。
本当に、立派になられた。
この時を味わうことができるのは、私の特権ですな。
「ヤヤーナ様?」
「ん?」
「何やらメニューが偏っている様な気がしていましたが、まさか、まさかモンテル様が嫌いなものをわざわざ、ヤーン様に命じて、作らせた訳では、無いですよね?
そして、モンテル様が好きなものは、ヤーン様の気遣いで用意された。
そんなことは、ないですよね?」
ハハ、まだまだ詰めが甘いですな。
ハンカチを濡らすのは、また後で。それまで長生きしませんとな。
イケオジ成分が1部は足りなかったので増量しました。
2部くらいにイケオバも出す予定はあります。ちなみにマシンガン婆が出ます。
リアクションありがとうございます。
そして、今年もなろうラジオ大賞の時期になりました!




