マナーの意味
天井が高くて、派手じゃないけれど綺麗なシャンデリアが吊るされた大広間。
外に開かれた大きなガラス扉の先には綺麗に揃った芝生と真っ白なテーブル、その上にはご馳走が沢山載っていた。
そこをボクと同じくらいの奴らがあちこちを歩いてる。見たことのある奴、見たことは無いけど多分名前が解る奴ら、全く知らない奴ら……何十人もいる。
皆楽しそうに見える。本当に楽しんでいるだけの奴もいるかもしれないけど、そうじゃない奴らもたくさんいる。
よっしゃ、本番だ。
お茶会は立食形式だった。
変だなとは思ったのけど、招待状にそう書いてあったし、こう言われてた。
『お茶会という名前ではありますが、その本質は社交パーティーの練習。
ダンスが有るのもそれが理由ですね。
なので、お茶会と社交パーティー、その両方のマナーをお伝えいたします。
ご安心ください、両者には多くの共通点があるので、覚える事柄と量にさほど変わりはありません。』
もう絶対、絶対にアイツの言葉を信じるもんか。
練習の後、『復習用です』って渡された本は二冊。茶会用と社交パーティー用の全く違う内容の、冗談みたいな厚さの本が丸二冊分あったんだぞ!
何が『さほど変わりはありません。』だ!
それを全部やった。
叩き込まれた。
詰め込まれた。
覚えさせられた。
昨日の夕食は最終試験だって言われて、味が分からなくなりそうだった!
でも、今日は大丈夫そうだ。良い匂いもするし、手足が変な魔法で動かないなんてこともない。
楽しもう!
テーブルの上には明らかにボクが嫌いなものが盛り沢山、絶対にアイツの仕業だ。ふざけやがって!
でも、よく見ると嫌いなものの中にボクの好きなものも入ってる。
多分それをやってくれたのはヤーンさんとクーネさんだ、後でお礼を言っておこう。
「モンテル様……」
楽しそうな場所を見て、うっかりしてた。
ボクは何度かこういう場所についてったことがあるけど、カテナは違う。ウチでやるパーティーには何度も出てたけど、それはメイドとしてだ。
カテナは、初めてのお茶会なんだ、緊張して当たり前だ。
「カテナ。」
女性の手を取るときのやり方を思い出して、冷たく震えてた手を静かに取る。
「怖がらなくて大丈夫、先生の言っていたことを思い出して。」
マナーを教わっている時、こんな風に話したことがあった。
「めんどくさい、なんでこんなことするんだよ……いいじゃん好きにすれば。」
「そうですね、私もその気持ちに少しだけ賛成したいです。」
厳しく怒られると思ったから、意外だった。
「ただ、私にマナーを教えて下さった方々はこう言いました。『マナーは罰則や法律ではない。』と。
マナーは見ず知らずの、住む場所も文化も言葉も考え方も全く違う誰かと一緒にいる時に、相手に対して敬意を払い、安心してもらう為の気遣いなのです。
たとえ、住む世界が違っていても、姿形が違っていても、そこにある『敬意』は決して褪せるものではないのです。
マナーは人を縛るものではなく、人と人を繋げるためのものなのですよ。
だから、マナーを怖がらないでください。それは、誰かと一緒に楽しむ時間と場所を作るために有るのですよ。」
それを聞いて、少しだけ、見方が変わった気がした。
勿論、マナーを教わるのはもう二度と御免だとは思ったけど。
「カテナ、ボクと一緒にこの場を、この時間を楽しもう。」
笑う。これはマナーなんて関係ない。
「そう、そうですね。一生に一度、もう二度と無い機会、楽しませて頂きます。」
手の震えが無くなって、少しだけ温かくなった。
教わる側がストイック+教える側が教授と淑女=ドン引きするスパルタに気付かない家庭教師




