お茶会へいってらっしゃい
「私は、何を……?」
「あれ?模擬お茶会は?そこにあったテーブルは?ティーセットは?ダンスは?聞こえてた音楽は?」
トリップ寸前だった二人がようやっと正気に戻った。
「良かった……」
一番重症だったシェリー君はもうすっかり元通りだ。
かの淑女の観察が十分に出来ていたが故に、自身との乖離を理解していたと。だから直ぐに抜け出せた訳だ……。
「お二人とも、この一週間、厳しくして申し訳ありませんでした。」
「一週間?」
「え?今日?お茶会?」
「今日です。これからお二人は本番に向かいます。
しかし、安心してください。私はこの一週間、模擬的なお茶会ではなく、貴族の正式なお茶会を前提として指導いたしました。
これからお二人が間違って城の茶会に招かれたとしても、恥をかくことは、恐らく、ありません。」
目線がオドメイドの首から下をウロウロしている。自信が無い。
シェリー君が仕立てたのは緑色の社交用ドレス、いわゆるアフタヌーンドレスというものだ。
陽光を受ける葉の如く、目を惹くような派手さはないが、明るく鮮やかな緑色が生えるものとなっている。
それから強制的に目を離し、クソガキに目を向ける。
「モンテル=ゴードンさん、マナーは紳士が紳士としてあるための『証』であり、その人の『格』でもあります。貴方はこの一週間、懸命に学びました。それが付け焼刃ではない武器であることを、是非証明してきて下さい。」
「わかってる……承知しています、先生。」
「気を付けて、そして楽しんできてください。」
いつものクソガキ口調が出そうになったところで呑み込めた……ということにしておこう、私なら即失格だが。
「カテナさん。」
「はいっ!」
肩に力が入っている、ドレスのお陰でそれが顕著だ。
「今日、貴女はメイドではなく、主人の同伴者として、ゲストとして行くことになります。」
「はい、決してモンテル様の顔に泥を塗らぬように行って参ります。」
肩に更に力が入る。肩にボールでも入れたのかね?
「少し、考え方が違いますよ。
貴女は同伴者であり、ゲスト。ホストに招かれた立派な客人です。
恐縮せずに、胸を張って、楽しんで来てください。
貴女の気遣いはマナーにも反映されています。肩の力を抜いて、楽しんで来てください。
招いたゲストが肩に力が入った状態で強張った表情だったら、悲しいでしょう?」
「そ、そうですね……」
肩から力が抜けていく。表情筋はやや強張ったままだが、マシになった。
「ホストのためにも存分に楽しんでください。そして、それが貴女の次のメイドとしての仕事の糧にもなりますから、ね?」
「そう、そうですね。折角頂いた機会です。楽しんで、学ばせて頂きます。」
やっと、息を大きく吐いた。
「それと、こちらをつけて行って下さい。」
やっと力が抜け切った肩に両腕を伸ばす。丁度頭を抱きしめる様な形になった。
「オイ、何やって!」
「ななななぃを?」
二人が動揺する、騒ぐな。
「首元が少しだけ寂しかったので、勝手ですが、こんなものを用意いたしました。」
オドメイドの首元にはネックレスが輝いていた。
「先生、これは流石に!」
慣れない装飾品を外そうとして、外し方に戸惑いながらも外そうとして、止められた。
「安心してください、これはイミテーションです。
輝きは本物と遜色ないようにしましたが、宝石商の方が見ればただの石ころだと看破するような、そんな代物ですよ。
是非、使ってください。」
笑顔で返す。オドメイドにその笑顔を無碍にする度胸は無かった。
「……ありがとうございます。先生の努力に報いて…楽しんできます。」
「はい、そうして下さい。それでは……いってらっしゃい。」
「「いってきます。」」
こうしてクソガキとオドメイドはお茶会へと向かった。
地味過ぎるのはあまりにも、かといって派手にしてしまうと……。
『どうされるか?』を知っているが故に細心の注意を払っています。




