ああ忙しい淑女の零
真面目な人間が真面目なままリミッターが外れると、それを止めることは何者にも出来ない。
「背筋が曲がっています。」
「ハイ!」
ピタリと教鞭代わりのH.T.が背筋を突く。すると背中にナイフを突き付けられた様に背筋をこれでもかと伸ばす。
「オイ!いくら何でも厳しすぎだろ!」
食って掛かるクソガキ。自分のせいでこうなっていることをどうやらご存じないご様子。
だが、心配はいらない。今のシェリー君はどんな聞かん坊にも『謹聴』の二文字を覚えこませることができる。
「お茶会まであと一週間、一週間で仕上げなければなりません。多少のスパルタは覚悟していただきます。
貴方もです。他者に向かって『オイ』とは紳士の風上にも置けませんよ。
貴方も座って、一緒に再確認です。」
教鞭が口を指す。言いたいことがあるのだが、あまりの変貌ぶりとその威圧感によって何も言えないまま席に座らされる。
ゴードン家の一室でティーセットを用いてのマナー講座中。
講師は勿論シェリー=モリアーティー。だが、その雰囲気は普段とは全く違っている。
地面から真っ直ぐ伸びた背筋、爪先から手の指の先まで乱れ無く隙無く厳格な振る舞い。
その目はどこか猛禽を思わせ、向けられると首筋に鋭利な刃を突き付けられた様に感じる。
シェリー君が突貫工事のマナー講座を行うにあたり、参考にした人物がいる。
知っての通り、最も厳格で最も容赦無く、そして最もこの分野に精通している信頼に値する人物。
今まで数多のことを教わった
今までその威容と異様を見てきた。
今まで積み重ねたものを合わせて、理想を追い求めた結果、模倣する結論に至る。
とはいえ、かの淑女に寄せたとて不完全。あまりにも威圧感が少ないのだが、貴族のクソガキとそのメイドにとっては震え上がる程の変化となった。
それもそうだ、あのシェリー君が急にかの淑女になったら私でも驚く。
「一週間で、貴方達をどこへ行っても誇れる紳士淑女に致しましょう。
その為に私はここにいます。お二人とも、気を引き締めて覚えるように。」
鞭の代わりにH.T.を手に持ち、『かの淑女たれ』という信念を胸に、二人へ向かう。
喜べ、そして諦めろ。
お茶会の練習はこうして涙無しには語れない程の有様を経て、行われていく。
「問題はこちらです。」
夜。
テーブルに広がっているのは裁縫道具一式、用意してもらった上質な布、そしてオドメイドの寸法。
「問題ないだろう、君の服はそもそもカーテンや古布を利用して君が作っている。
それでこの出来だ。
今回は上質な材料を用意されている。その分良い物が出来るさ。」
朝昼はマナー講師、夜は仕立て屋。ああ忙しい。
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