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 あいつは速い。でも、気付いたことがある。

 ずっとずっと追いかけられて、走る速さが前より少し速くなって気付いた。

 あいつは速い。でも、そこまで速くはない。

 魔法が得意じゃないとか、魔力が少ないとか言ってて、でもボクよりずっと魔法が使えて、ムカついていた。イヤな事を言うイヤな奴だと思っていた。

 けど違う。

 アイツは本当に魔法が得意じゃなくて、本当に魔力が少なくて、それでも速いんだ。

 森の中を走っている時、真っ直ぐな道で急に速くなったのを見た。

 曲がる時には遅くなって、でも曲がって次の一歩は大きく強かった。

 走る時に遅くしたり速くしたり、他にも手で木の幹を掴んだり、体を回転させたり、同じ魔法でも使い方を何度も何度も変えている。


 やっぱり嘘つきだ。


 夜、部屋でこっそり試した。

 強くしたり弱くしたり、ジャンプしたり回ったり……試してうまく行かなかった。

 喉が渇いて水を飲もうとして、あいつを見つけた。

 練習していた。

 昼間の鬼ごっこなんて遊びみたいな、すごい動きをしていた。あんな速く走られたら絶対に逃げられないと思った。

 それだけ速く走れてるのに、アイツは悔しそうな顔をしていた。

 魔法が得意じゃなくて、魔力が少なくて、こっそり頑張って、苦しそうな顔をして、それを全部隠してる。


 やっぱり、嘘つきだ。


 アイツなんかに、嘘つきなんかに、負けるか。

 僕の方が魔法が得意で魔力が強いなら、勝ってやる。

 絶対、勝ってやる

 あんな嘘つきに負けない!


 『身体強化』


 ショーマス=ゴードンの辿り着いた答え。

 自分にはシェリー=モ(あの家)リアーティー(庭教師)のような技術()はない。

 『ならば、自分が持っている魔力()で勝つ!』

 『身体強化』

 膨大な魔力を無茶苦茶に足に流し込む。

 暴れ馬に足を蹴り潰されそうになる。

 アイツに教えてもらったやり方を使うのは腹が立つが、それをグッとこらえて走る。

 進むのは草原、真っ直ぐ何も考えないで突っ走る。


 『魔力でこっちが勝つなら、そのまま逃げ切ってやる!』

 真っ直ぐ、何も考えずにただ突っ走る。

 呼吸が深く、なのに荒くなっていく。

 血の匂いが喉の奥からする。

 鼻が痛い。

 足が痛い。

 腕も痛い。

 お腹が痛い。

 ヒューヒュー変な音がする。ボクの口から漏れてる音だ。

 目の前がぐるぐるする。でも足は動いている。

 魔力が尽きるまで動き続けるんだ。

 魔法は上手くて、動き方が上手くても、真っ直ぐ走るだけなら、そんなの関係ない!

 魔力を入れた分だけ速くなれる!

 魔力はこっちが勝っている!

 あとは諦めた方の敗けだ!


 「正直、その才能が羨ましいです。」


 来た!

 背中から小さく声が聞こえた気がした。

 だから、それは気のせいじゃない。来てる。

 ありったけ走ってやる!

 逃げてやる!

 心臓が膨らんで大きくなっている気がする。そうでもないと全身がドキドキしているこの感じの理由が解らない。

 逃げてやる!

 逃げてやる!

 逃げてやる!



 「これなら、この前のようなことがあった時、間違いなく逃げられるでしょう。

 しかし、1つ大事なことを覚えておいてください。」

 『強度強化』

 『地形操作』

 『身体強化』

 『気流操作』

 今から行う無茶に耐える強度を手にする。

 己を弾丸として射出する。

 発射の瞬間、前に跳び出す。

 そして、放たれた体を、風で更に押し出す。

 合計4つの魔法の同時行使。

 あっという間に魔力が枯渇するという致命的な欠点から目を背ければ、『速さ』にのみ焦点を向ければ、それは才能(魔力量)技術(努力)で一時凌駕する。

 体の感覚が無くなる寸前、後ろから強風が追い抜かした。

 「貴方は未だ未熟です、私に追い越される程度には。

 だから、万一の時は、助けを求めてください。

 貴方が助けを求めて手を伸ばすなら、私は貴方の手を掴みましょう。」


 風はボクを追い越してそう言った。


 片手でタイピングしながらもう片方の手で箸を使って煎り豆を食べ、更にヘッドフォンでリスニングしながら足でモールス信号を打つくらい面倒くさいことをやっています。

 私はできません。

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