青剣騎士はそれで何を為す?
自壊寸前、首を掴む瞬間、砕いた瞬間にこちらも砕ける。
魔力を過剰にねじ込んで爆発させる。一発限りの捨て身の大技。
何度も何度も爆発させて自壊させ、その度に治して、そうして今の許容量になった。
本当に、本当に久々に使う。前に使ったのは小型の竜に襲われた時だったか?
「あまり感心しません。」
目が合った。
「その方法は、確実に今の自分以上の力を得ることが出来ます。
しかし、その方法は体に負担を掛けます。己が体を消耗品として蔑ろにする、それはあまりに将来性に欠けます。」
爆発寸前、掴もうとした手を止められた。
最大握力とは程遠いが、爆発前が全くの非力な訳じゃない。
それを止めた。
避けたわけでなく、こちら以上の力で押し返したわけでもなく、大切な恋人が乱心した時にその拳を優しく止めるように、行動を途中で阻まれた。
圧倒的な格上の余裕。
プライドが傷付けられたかもしれない。圧倒的な力の差を見せつけられて自分の積み重ねていたものがちっぽけだと突き付けられていたかもしれない。
だが、それ以上のものがあった。
『どうやって?』
異様で異常なものを見せられた困惑が勝った。
目の前の標的と自分の体格差は大人と子どもだ。圧倒的な筋力の差がある。
最初の投げは技量と魔法があれば体格差を覆せる。不思議じゃない。
だが、今のは違う。
技量抜きの握力。圧倒的な体格に自壊覚悟の魔法を加えた。それにどう対処した?
この細身に大型の肉食獣級の筋肉があるとは到底思えない。
そうなると、自分以上の魔力を込めた『身体強化』で強化しなければあんな芸当は出来ない。
この腕で腕が砕けるほど魔法で強化した。
なら、この細腕でそれ以上の強化をしたら、腕が千切れ飛ぶ。
どうやってそれを、そこまで到達した?
握り潰す手を止めたまま、目の前の標的が口を開いた。
「『三騎士と剣』という童話。そしてそこから派生した『青剣騎士』という伝説をご存じですか?」
「知っている。おもちゃの青剣を持っていた……。」
「あの伝説に出てきた『青剣』。あれは実在するものと結論付けられました。」
か細い標的の手が、光を帯びる。
「何を言ってる?」
静かで、鋭く、そして淡い光だ。
「長期間、強力な魔力や魔法に曝されたものが変質するという事例が確認されました。
実用性は未だありませんが、一つの答えに至ったのです。」
「同じ魔法を長年使い続ければ、青剣と同じ現象が肉体でも確認されます。
こんな手足でも、貴方を投げられる程度には。」
とても静かで穏やかな光だった。体が妙な浮遊感に襲われる。
そして気が付いた。たとえ肉体強度について今の話で合点がいっても、それでも足りないものがあると。
爆発的な力を扱いながら何故あんなことが…………
『身体強化 』
『強度強化 』
巡る思考。だが掴まれていた手から砕ける音が腕を通して耳に届いた。思考は中断される。
「あ?」
耳に届いた音は、矢鱈大きく響いた気がした。目が回…………
床は強度強化により傷一つ付いていない。
男はそんな床の上で穏やかに眠っていた。
自慢の腕を片手で握り潰され、臓器にもダメージ、背骨はボロボロの状態で、だ。
「………」
やった当人は平然としていた。
掴んだ手を握り潰しつつそのまま全身を使った遠心力による投げ。
内臓と血液は遠心力に振り回され、叩き付けられ骨はバラバラ。
これをやるには『青剣騎士』の話だけでは足りない。
だが、『青剣騎士』の本質が関わっている。
それに気付けるか、それが問題だ。
淑女は殴る蹴るは致しません。
それらは暴力(拳)と侮辱(足蹴)の象徴足り得るので、淑女として相応しくないからだそうです。
ただ、教わりたいと頭を下げれば体運びから丁寧に厳しく教えてくれます。使わないだけで使えない訳ではありません。
『青剣騎士』の剣の正体:老騎士が長年使った剣が変質した結果業物になった。だから同じ性質の青剣が幾つもあるのです。つまり業物の贋作青剣は全部本物と言えば本物です。
ただしこれは完全な再現性が確立されているものではありません。対象物や魔法や魔力によって結果がまちまちで量産化は難しいというのが現在の学者達の見解です。
もっと言うと、そもそも量産は現実的ではないのです。お茶のお湯を沸かすのに太陽をすり潰して湯沸かしするのは馬鹿げているのです。
そしてもう一つ。青剣と餞別は同じではありません。
が、どちらかを使えればもう片方にも辿り着けるというものです。
淑女は『餞別』を使い続けた結果、全身が『青剣』になりました。あの細身でHPとDEFが以上に高い理由がこれです。




