土を待つ時
その後の馬車の空気は実に重苦しく辛気臭く陰気なものだった。
愛しの主を殴った不忠者のメイド。
浅慮極まりない愚行で狂言誘拐未遂を行い、本当に誘拐されてメイドが罰された原因になった貴族の息子。
良い空気だ、陰鬱な表情が絵になる。
「いやはや、ドタバタしたお陰で手渡された金の使い切り云々が有耶無耶になった。
言い訳や使い方を考えずに済んで良かったね。」
「教授、その発言はこの場に相応しくありませんよ。」
非難の目を向けるが、残念ながら黙る気は無い。
「相応しいもへったくれも無い。何せ私の声が聞こえるのは君だけなのだから。
それに、君は今回の件に関して暗い表情を浮かべるべきではない。
ゴードン家の統治する都市で、ゴードン家の子息が狂言誘拐を君に仕掛け、本当の誘拐事件に巻き込まれた子息を一早く発見、解決した主要人物だ。
君は称賛されるべき人物で、そこのしょぼくれている二人とは違い君に非はない。」
「しかし、私は狂言誘拐の件を知っていながら放置しました。それは非難されるべきことでは?」
「家庭教師の仕事はクソガキの狂言誘拐を制止することでもボディーガードでもない。
家庭教師は所詮家庭教師だ。業務外のことをサービスで行うという行為は拍手喝采で褒めるべきとは思わない。
それに対価が無い。責任も義務も無い。君が家庭教師というなら、やるべきではない。
今回は君が何故か誘拐事件に巻き込まれ、大立ち回りで制圧しなければ自身の命の危険があったから仕方なく行った。それだけだ。」
「そういう訳では……」
「そういう訳なんだよ。そうでなくてはならない。そうあるべきだ。
それとも君は、誘拐されたクソガキの心の傷を責任持って癒せると豪語する気かね?
自分の領域外に手を出すなら、それ相応の責任と義務が発生する。権利は無くとも、だ。
それに、君は他人のあれこれを心配している余裕は無いだろう?」
その言葉一つでシェリー君の追及が止まった。
「気付いてここで止まるなら、赤点は回避だ。」
「……明らかに、警戒されていましたから。
あの時見た手紙には、私だけを呼び出す様にと記されていました。それなのに、たった一人の小娘を迎えるにしては、あまりにも過剰な戦力でした。」
裏路地の前後と上を押さえての全方位袋叩き。相手が御貴族様の私兵や元プロのコックを想定していいたならまだしも。家庭教師の小娘一人を相手にするには行き過ぎている。
何より、クソガキを保護した後にいた後詰めだ。
あれは、あの場に転がっていた連中と同じか?
あぁ、業腹だがこの言葉を使おう。
「土が無ければレンガは作れない。レンガが無ければ家は建たない。
今は土を待つ時だ。」
ブックマークありがとうございます。
つい先日、人生で初めてライブというものに行ってくることが出来ました。
良い経験が出来ました。しかも幸運なことにアニメのEDを聞くことも出来ました。本当に、良い経験です。




