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情報収集の鉄板、酒屋へ

 犯人を追い掛け、追い詰め、捕らえるのは至難の業だ。

 理由は至極簡単、どう足掻いても追跡者は後手に回る。痕跡を消され、手掛かりや目撃者の記憶が風化したところからスタートすることが原則だからだ。

 妨害工作を仕掛けられることはあっても妨害工作の妨害をすることは原則として出来ないと考えるのが妥当だ。出来ないわけじゃないがね。


 だが、人質の痕跡はそうでもない。

 人質が人質になった段階で追跡難易度は犯人と同等かそれ以上になるが、それまでは何ら問題無く追跡出来る。証拠隠滅する人員を派遣する方が発見リスクが上がるからね。

 あのクソガキはどこに居たか、行ったか、どの段階で消えたか?

 それが判明すれば目的が解り、誰と会ったかが解り、どうやって消えたかが解る。そこから追跡を開始する。

 漠然と町を探し尽くすという難題を簡単にしよう。

 人一人を嗅ぎ付けられない様に隠すのは楽ではない。場所は限られてくる。

 三下誘拐犯崩れ風情が逃げられると思うなよ……


 「もっとも、人質が『者』から『物』にされた場合、隠す難易度は減少するがね。

 何せ暴れなくなる、騒がなくなる、バラして運べる。何なら運ばずに下水に流してもいい。身代金を奪い取って逃げるまでの間、無事戻ってくると相手に思わせていられたら、それで良いのだから。」

 「…………」

 ブラックジョークは誰もが笑えてこそ、反応あってこそだと思わないかね?

 無言で射殺さんばかりの視線を向けられては意味が無い。ここまでにしておこう。



 町を闊歩する。

 人の波をぶつかることなくすり抜けていく。

 痕跡一つ見逃さない様に眼球は(せわ)しなく動いている。

 一秒でも早く見つけるために足は無駄な動きを許さず急いでいる。

 本来なら建物の上を跳躍したい、人々を掻き分けて走っていきたい。

 だがそんなことをすれば警戒される、勘付かれる、逃げられる、だからやらない、出来ない。

 そして、動きを変えて酒場の軒先へと向かった。

 「こんにちは、先ほどお会いしたのですが、私のこと、覚えてらっしゃいますか?」

 「あぁ、さっきの!勿論覚えてる。どうしたんだい、お嬢ちゃん?」

 先刻財布を拾って返した(・・・・・・)初老の男が陽光を肴に酒盛りをしていた。

 「実は、待ち合わせていた連れの男の子が見つからなくて、探している途中なのです。」

 「おっ、お嬢ちゃんのコレかい?モテるねえ。」

 そう言ってハンドサインをしてニヤニヤする、酔っ払いめ。

 「いいえ、勉強を教えている男の子です。10代前半で、今日は茶色の帽子に緑色の上着、黒いズボンに灰色の靴を履いていたと思うのですが、見ていませんか?」

 「俺は見ていないが……ちょっと待っとれ。」

 そう言って酒場の扉を開けて手招きをしてきた。

 「おーい!今日10歳ちょっとで、頭が茶色で上が緑で下が黒、灰色靴のガキンチョ見なかったか?探してるんだそうだ!」

 酒と料理の匂いが混じる中、呂律が回り切っていない男の声が響く。

 「なんだ?もっかい言え!」

 10歳ちょっとで、頭が茶色で上が緑で下が黒、灰色靴のガキンチョ。この娘がはぐれちまったんだとよ。」

 「男か?女か?」

 「男だよ。」

 「いつの話だ?」

 「今日か?…………今日だってよ!数時間前に別れて、それっきりらしい。」

 「どの辺にいたんだ?」

 「最初は南通りにいたらしいが、そのあとは知らん。」

 酔っ払いが声の大きさの調整を間違えたまま呂律の回っていない大声で応酬を繰り広げる。だが、情報という情報は出てこない。

 「んー、この辺にはいないみたいだな。」

 酔っ払いは赤い顔でそう答えた。

 「ありがとうございます。では、他の場所を探してみます。」

 ここにはいなかった。


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