泥にまみれて逃げ惑う
泥の塊が迫りくる。
『身体強化』で走って逃げる。だが進行方向に回り込まれてしまった。
回り込まれた、というより、再展開されたという方が正しい。
周辺はたっぷり水を含んだ泥の地面。泥人形の材料は文字通りそこら中にある。
地面から湧き生える。腕が上から叩き付けられる。
『火球』
轟音と閃光が弾ける。だがそれも一瞬のこと。水をたっぷり含んだ泥が火で少々炙られたとて、表面が乾くことはあっても吹き飛びはしない。
泥にまみれながら『身体強化』で逃げる。が、その先にも泥人形。
『気流操作』
焼いてダメなら吹き飛ばす。という発想なのは解るが、吐息で泥をどれだけ吹き飛ばせるか?という話だ。
当然、生半可な風邪では軌道が変わることはない。
しかもトドメとばかりに形状が変わり、流線形……しかもハチの巣の様に穴だらけになる。空気の影響を軽減する気満々である。
「なんだよ!なんでだよ⁉」
クソガキの疑問、『なんでだよ⁉』という疑問に敢えて答えるとすれば、『自分で首を絞めたから』だ。
ある程度水気の多い土レベルの水分量なら、ここまで上手くまとめて一塊の人形にすることはできなかった。
敢えて大量の水を吐かせて周辺一帯を泥沼にした。
相手に自分の策がハマったと思い込ませ、相手の機動力を殺し、こちらの望む環境を作らせた。
考えながら一手一手を打たないとこうなる。
『それを教えたやつがそのままやられるわけない!お前、強いんだろ!』
あの時のクソガキの懸念自体は当たっていた。だがクソガキは懸念しただけでその先を考えていなかった。
家庭教師が何かを考えている……それだけでは足りない。
「相手が自分に親切にするとは限りませんよ。相手が何を考えているか、何を企んでいるか、自分にとって一番やって欲しくないことは何かと考えないと、ただ多いだけの力は実戦では無力です。」
「こんな実践あるもんか!」
ごもっとも。だが訓練が本番よりも温い様では話にならない。
「逃げてばかりでは話になりませんよ。
ちなみに、私の魔力量は非常に少ないですが、術式に工夫をしたので当分魔力が枯渇することはありません。どうぞ心配も遠慮もしないで下さい。」
「人の心配なんてできるかよ!」
ここで解説をしておこう。『絶えず自壊する泥の人形』は、先刻クソガキに説明した『今あるものに魔力で干渉する』タイプの魔法だ。
泥はそこら中にある。それを『地形操作』の応用で任意の形に変えてこうしてクソガキを追い詰めている。
だが、クソガキやシェリー君を優に超える巨体全部に魔力を通して干渉していては魔力切れはあっという間だ。
だからシェリー君が『地形操作』で干渉しているのは主に泥人形の骨格部分だ。
本当にカルシウムの骨を作っている訳ではなく、泥に魔力を流して核となる骨組みを作り、その周囲にただの泥を纏わせて肉付けして大きく見せているだけ、だから泥がしたたり落ちている。
泥を叩き付けて圧死・窒息させる分の泥に魔力が通っている必要がない。
核の場所を隠し、質量を増やし、持久力を上げる。あの張りぼてはこうして動いている。
「相手の術式の正体が解れば対策の考え様がある。心優しいシェリー先生相手に精々学べ、クソガキ。」
下手に攻撃すると泥が飛び散って服に纏わりついて動きが鈍化。衛生的にも良くないというおまけつき。
さらにもう一つサプライズがあります。




