そしてその魔法は伝説になった
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25年前の今日、私は龍を見た。
そして、○○を見た。
雷光、豪雨、風が私達の全てを更地に変えようとしていた。
大人達は必死に逃げ、その目には恐怖と諦観しかなかった。
子どもの頃はそれが何なのか、よくわからなかった。どういうことが起こっているのか、わからなかった。
だから、豪雨の中だというのに干上がった珍しい砂浜を見ていた。
その向こうからゆっくり迫ってくる巨人の群れを見ていた。
だから、気付いた。
干上がった浜を独り歩き、迫ってくる巨大な壁に向かう人影を。
雷光が真っ白に照らす
瞬きを忘れていた
地面から龍の頭が現れ、体を現し、その人を乗せて巨人へと向かっていくのが見えた。
それに付き従うように、幾つも幾つも龍の頭が現れて、壁に向かっていくのが見えた。
巨人と龍はぶつかり合い、数秒の衝突の後、雌雄は決した。
巨人が龍の顎の前に食い荒らされ、呑まれ、消えていく。
龍はそのまま真っ直ぐ、巨人を喰い進み、そして、止まった。
一際大きな龍が天を仰ぎ、吼える。
咆哮は赤い光となって雲を吹き飛ばし、陽光が穏やかになりつつある海をキラキラ照らした。
人々の歓声が聞こえた。
喜び泣く声が聞こえた。
感謝する声が聞こえた。
25年前、誰もが海に消えて無くなると思っていた村は無事残り、こうして今も変わらず人の営みが続いている。
ただ、少しだけ変わったこともある。
「お母さん!」
勢い良く階段を駆け上がる音が聞こえた時には誰が来るかは解っていた。
「なに?」
「何じゃないよ!お祭りもう始まってるよ!
お父さんとジークはもう行っちゃったよ、早く行こう!」
「あなたもお父さん達と一緒に行けばいいじゃない。」
「みんなで行きたいの!今年こそドラゴン饅頭は私が当たりを引くんだから!」
そう言えば、この子は去年大ハズレの野菜味を引いて、来年こそクリーム味を当てるんだと息を巻いていたのを思い出した。ちなみに、当たり味を引いたのは私だ。
もっとも、食べられたのはクリームの入っていない最初の一口だけで、残りは食べられてしまった。ニッコリ笑って野菜味を差し出して、『交換しよう』と言った時のあの表情は、思い出した今でも可笑しくなる。
「良いわよ、私は残った奴で良いから。はずれを引いたら後で食べてあげるから。」
「だめ!みんなで勝負するの!」
「ごめんね、もう少しかかりそうなの。だから先に行ってて。」
毎年、この日には必ずこうすると決めている。
毎日毎日ここに来ているけれど、この日は特別だ。
だからごめんね、貴女は先に行ってて。
そう言おうとしたところ、手に持っていた箒を取られた。
「お母さんはその像を拭いて、私もやる。」
「良いのよ、これはお母さんがやりたくてやってるだけなんだから……」
そう言って止めようとした我が子は私を真っ直ぐ見てこう言った。
「あの日、この子が助けてくれたから、お母さんはお父さんと出会って私が生まれて、ジークが生まれたんだよ。
私にとっても、この子は命の恩人なんだから!」
そう言って、散らばる砂を塵取りに入れて目の前の海へと撒いていく。
あの日、海岸沿いに急に現れた大きな壁。今では『龍が変じて出来た龍の巣堤』と言われるここは、お参りすると龍の恩恵を受けられると言われている。
尾鰭が付いて『龍伝説』として村おこしに使われ、祭りまでやっているけれど、私はあの日見ていた。
ちょうどこの場所。海を見下ろすこの場所に、彼女はいた。
雲が晴れた後、彼女の姿は何処にもなくて、誰も彼女のことを見ていなかったけれど、あれは勘違いじゃなかった。
私達を助けてくれたのは、とても綺麗な女の人だった。
記憶を頼りに作った像は村長にお願いしてここに置かせて貰った。
名前も知らない彼女がもしこれを見てくれたら、貴女に感謝しているんだと伝わるように作った。
「誰なんだろうね?この子。妖精かな?それとも、龍のお姫様?」
「解らないわ。けれど、とても素敵な人だったわ。メル、貴女みたいにね。」
彼女達がその人の正体を知ることは、その人が龍よりも巨人よりも恐ろしい人であると知ることは無い。
思い出は思い出のまま、綺麗なままの方が良いこともある。
地形操作で周辺の砂を堤の形にして、強度強化で強度を上げた状態で波を受け止め、そのまま押し返しました。
大きな壁として残っているのは、魔法が今も発動しているから……ではなく地形操作と強度強化で固めた際に本質から変わってしまったことが理由です。通常の魔力量ではこうはなりません。




