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宙を舞うホットケーキ


 柔らかく温かい、そして甘い。空気がホットケーキの香りに染まっていた。

 テーブルの上には瑞々しく鮮やかなフルーツ、キメ細かな泡立ちの山盛りクリーム

 テーブルから離れた場所にコンロが3口、フライパンにホットケーキの種が入った……寸胴。

 「これから、騎士団の方々が一個小隊いらっしゃる……のですか?」

 「いや、特にそんな予定は聞いていない。」

 コックが1人、3口コンロの前に立っている。フライパンにバターを転がし、寸胴からフライパンへ、静かに生地種を注ぐ。それを3回。

 「直ぐに焼ける。そこにあるフルーツとヨーグルトでも食べて待っておくといい。」

 満面の笑みだった。

 「シェリー君、お腹は空いているかね?」

 「えぇ、勿論です。けれど…………」

 寸胴に入ったパンケーキ種の量は明らかに20人以上の食べ盛りがパーティーをするときのものだった。

 「一流のコックだ、無駄にはしないさ。さぁ、座って待つとしよう。」

 「そうですね。」

 ナイフとフォークに挟まれた何も載っていない皿を前に着席した。


 筋骨隆々のコックは3口のコンロの前で反復横跳びをするように横移動して分厚いパンケーキを調理していく。

 火加減を調整し、繊細な手首のコントロールを以って食欲をそそる色のパンケーキが宙を舞う。

 躍動するのはケーキの気泡が潰れていない、色ムラも無い、一級品のホットケーキ。

 更にコックの動きは臨場感や躍動感を加え、味覚(食べる)だけでなく視覚(魅せる)的な効果も加える。

 「武術の動きを取り入れているな……使い手としてああも大成していると、こういう応用も利くと。」

 「矢張り、教授の目から見てもレイバック様の武術は優れたものなのですね。」

 「武術が優れているというのもあるが、本人の能力という点が大きい。 

 同じ武術でも、同じ筋力でも、使い手次第で脅威度は天地ほどの違いがある。

 武術単体で脅威だと思ったことはない。だが、卓越した武術の使い手は有能で、敵対者に使い手がいると厄介だ、非常に、非常に厄介だ。」

 激痛で視界に稲妻が走る中、その奥で鋭い音が聞こえる。

 武術自体に明確な脅威は見出さない。だが、だが、だが、だ。



 拳を突き出す。狙いは骨を砕くのではなく、砕いた骨を臓物へと打ち込むこと。

 だがそれを知っていたと言わんばかりに手を差し込み、こちらの手首をねじって壊しに来た。

 踏み込みに見せかけた足払いを仕掛ける。重心を少しでも揺らせば連続で急所を狙い、絶命までもっていく。

 足払いを的確に踏み潰そうとした上に、足を固定して逃げ場を無くしたこちらの喉を潰すために突き出される親指を見た時は悪党よりも悪党らしい手管だと最早感心した。

 武術家ではないが、武術の使い手。悍ましい殺戮の手練手管を全て破壊するが、おぞましい殺戮の手練手管を使いこなしてこちらを破壊せんとする……

 「さぁ、1枚目から3枚目だ。

 坊も来たなら食べると良い、ちょうど焼きたてだ。」

 ウインクと共にホットケーキが3枚とも宙を舞う。

 弧を描いたそれは無事皿に着地した。

 美しい円形だった。


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