柔軟な切り札はまだ
肉体強化とはなんだろうか?
筋力の増強?確かに肉体は強化されている。
心肺機能の増加?確かに、心臓も肺も肉体だ、間違いない。
反射神経の速度を上げる?
神経も立派な肉体だ。
感覚の鋭敏化?
感覚器官だぞ、これも勿論肉体だ。
それなら、だ。
『身体強化』と銘打った魔法が文字通りの意味なら、これらを全て強化出来なければならない。
筋骨粒々で心肺機能は強靭、弾丸が飛ぶ様を目で追った上で摘まめるし、犬の嗅覚を持ち蝦蛄の目を持ちコウモリの超音波を聞き取ることが出来る体になる、単純な魔法一つで、だ。
それは出来ない。
魔法はイメージだ、自分の体を魔法でどうやって変えるかを具体的に描けなくては、それは出来ない。
神経や骨や筋肉や臓器がどう構成されてどう動いているかを知り、それにどう干渉すれば自分の望む体になるかを知らねば強化のしようがない。
なんとなく嗅覚を強化しようとしたところで雑に鼻だけ強化していれば鼻っ柱だけ強くなる。クジラの腹を貫通するピノキオが出来上がる。
逆に、イメージ出来れば、論理的に組み上げる事が出来れば出来るのだ。
例えば、身体強化を『体を折れない様に強くする』とイメージして、その為に皮膚を甲殻類の外骨格の様に作れば、無茶苦茶な曲撃ちが出来る。
体に手裏剣が突き刺さっているという虚像が晴れると、海老反りしながら銃を構える珍妙な実像が現れた。
あの格好で撃てば背骨が砕ける。だがそんな懸念は無いとでも言いたげに引き金を引いた。
衝撃が全身を揺らしている。だが、骨が砕けた様子は無い。
体表の揺れ方が妙に少ない。エビやカニの甲殻の様に体表を固めて衝撃に無理矢理耐えた。
シェリー君は迂闊にも後ろを向いている。
確実に当たる。
そう思ったのだろう?
この阿呆はシェリー君の底抜けのお人好し発言に顔を引き攣らせながらも、その言動から行動を予測しなかった。
負けだよ。そんなもの見るまでもなく看破していた。
「あんな鈍器が刺さるわけありませんからね!」
『気流操作』
風を使って空中で体勢を変える。
隙を作れば油断して安直な弾を撃つ、だから軌道が読み易く避け易い。
シェリー君は手裏剣に刺さる姿を見せられた段階で確信していた。というのも……
「生憎ですが、人を貫ける様な危険なものを投げつけるほど非道ではありません!」
服を切り裂いた段階で脅威を相手に刷り込んだ。なら、シェリー君は致命傷を与える武器を使う必要性が無い。
あれを避けずに直撃したところで、打ち身程度が関の山だったんだ。そんなものが貫通しているのを見てどう思うか?という話だ。
「音の魔法で注意を逸らして『幻燈』とご自身の柔軟性を活かした変則狙撃、お見事です。
ですが!」
空中で体を捻って方向転換した。そのまま空中で止まり、吊られた状態で狙撃手の居る木の方へ。
今、シェリー君の手には手裏剣と繋がっている糸。糸は木に固定され、その下には狙撃手が居る。
となれば次にやる事は一つ。
それに気付いた狙撃手が急いで木から飛び立つ。
木の枝が綺麗に切断されたのはその直後だった。
「私も、ここで不甲斐ない姿を曝す訳にはいかないのです。」
糸を引いて盾を手元に戻す。
ここから第二ラウンドだ。
ライトアニメ展、7月末までとなっております。




