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 ゴルベドは恐怖で錯乱しているのか、話が通じそうにない。

 さっさと殺してしまおうかとも考えたが、こいつにはまだ使い道がある。

 メアリーを誘拐したことを思えば今すぐぶっ殺してやりたいという気持ちはあるが、短絡的に殺してしまうには惜しい。


 とりあえずゴルベドは落ち着くまで放置するとして、紅上院から先に話を聞くとしよう。


 俺は紅上院を縛っている台に近づき、頭に被せられている麻袋を掴む。

 髪が粗い布に絡まり耳も引っかかっているようだったが、強引に力づくで外した。

 髪が千切れ、擦れた耳から血が垂れる。悲鳴と共に、紅上院の顔が露わになる。


 怯えきっていて目の焦点が合っておらず、口をぱくぱくと動かしている。

 身体を捩らせながら、板に縛りつけられている腕を動かそうとする。


「あ、ああ……助け……」


「助けに来たわけないだろ」


 俺は禁魔導書の角で、紅上院の鎖骨の部分を強打する。

 口から飛んできた唾を禁魔導書で塞ぎ、素早く同じ部位を角でぶん殴る。

 皮膚が抉れ、血が滲み出てくる。

 紅上院は咳き込み始めたため、今度は顎を下から打ち抜いて口を閉じさせる。


『……確かにちょっとやそっとで破けることはないのだが、もうちょっと妾を大事に扱ってほしいものであるな』


 トゥルムの不満を聞き流しつつ、紅上院を睨む。


「ガハッガハッ、うぉえっ」


 紅上院がまた咳き込み、嗚咽を漏らす。


「な、何すんのよ! カ……カタリの分際で、ふざけんてんじゃな……」


 眉間を禁魔導書でぶっ叩く。

 そのまま髪の毛をわしづかみにし、顔を上げさせる。


「こっちが訊いたことに対してだけ喋れ。優は、どこにいる?」


「そ、それより、早く私を解放しなさ……」


 口答えが鬱陶しい。大人しくなるまで殴った方がいいか。

 更に禁魔導書で、紅上院の首から上を叩き付け続ける。


「やぁ、やめっ!」


 顔が腫れ、血が垂れていく。


「やめて、やめてぇっ!」


 そのうち、目に禁魔導書の角が直撃する。失明しただろうか?


「ゴルベド、手っ取り早い拷問道具を貸せ」


「カ、カタリ……もう、その……」


 牢の中にいるメアリーが、口籠りながらも俺に声を掛ける。

 その目に宿っているのが恐怖か、失望か、憐みか、俺にはわからなかった。

 禁魔導書のせいで、感受性もかなり薄れているのかもしれない。


 俺は誤魔化すように曖昧に笑い、それから表情を戻してゴルベドを見る。


「おい、ゴルベド。早く……」

「カタリッ!」


 メアリーが悲痛な表情で叫ぶ。


 やっぱり、メアリーとはもっと早くに別れるべきだったかもしれない。

 そんなことを考えながらも、メアリーに目を向けることはない。

 俺は今更止まる気はないし、止まったところで何にもならない。


 俺とメアリーは似ていると、そう思っていたときもあった。

 きっと、メアリーも同じ目で俺を見ていた。

 でも、結局のところ、それは勘違いだった。

 ひょっとしたらここに来たばかりのときは似ていたのかもしれない。

 だが、それは過程であり、ただの過去のことだ。

 禁魔導書の影響で、俺自身が変わったという話なのかもしれない。


 俺の視線を受け、おどおどとゴルベドが立ち上がる。


「あ、ああ、あ……。そそ、そっちに、肉を抉り取るために作られた、刃の曲がった特殊ナイフと、強力な止血効果のあるレッドポーションと、急所を示した人体表が……」


 ゴルベドの膝はがくがくと震えており、まともに歩くこともできず、数歩でその場にまた転ぶ。

 地面に這いつくばりながらも、ゴルベドは自分が向かい掛けた方向を指で示す。


 俺がそこに向かおうとしたとき、紅上院が泣き叫ぶ。


「知らないっ! 夕島さんがどこにいったかなんて、知らない! 知るわけがないでしょう! わたっ、私っ、逸れてひとりで歩いてて、それで襲われてっ!」


 この様子を見るに、嘘を吐いているとは思えない。

 実際、紅上院が優を庇う理由もない。


「私を解放しないよぉっ! この、ストーカー男! 夕島さんは、アンタのことなんてゴミとしか見てないわよ! 演技で優しくされてぇ、勘違いしちゃったんじゃないの、気持ち悪っ! そんな、必死に捜しちゃ……」


 俺が魔導書を持つ手を振り上げると紅上院は「ひっ!」と声を漏らし、残った片目を閉じた。


「そ、その内、すぐに私を捜して王都の兵が来るわよっ! アナタの苦手な、黄坂……あ、赤木君だって来るから! 私をこんなんにしたところ見たらァッ、赤木君が……」


 検討外れなハッタリだ。

 今更あいつらの名前を聞いても俺が怖気づくことはないし、そもそも赤木を殺したのは俺だ。

 行方不明になった時期が被っていたから、俺が赤木の失踪を知らないとでも思っているのだろう。


 今の状況と結び付けて考えれば赤木の失踪に俺が絡んでいることくらいわかりそうなものだが、とにかく頭に思いついたことを考えなしに叫んでいるだけなのだろう。

 恐怖で思考が麻痺しているのかもしれない。


 ただ、言っていることの中に、俺が気になっていたことがある。

 ゴルベド領であるカスタネア村へ、国お抱えの兵が攻めてくるのかどうか、そしてもし来るのだとすれば、そこにクラスメイトが混じっている可能性はあるのか。


 もしクラスメイト達が来るのなら、ゆっくりと到着を待って八つ裂きにしてやる必要がある。

 相手の数が分からない以上、ゴルベドの私兵を借りることにもなるだろう。

 あまりクラスメイト以外に魔力を使いたくもない。


 協力はしてくれるはずだ。

 本当に兵が攻めて来るのであれば、命を狙われるであろうゴルベドとクラスメイトを殺したい俺の利益は一致する。


 ゴルベドは王都の衛兵に繋がりがあるという噂だったが、紅上院誘拐の件が露呈すれば、さすがに庇いきれなくなるはずだ。

 エレの精霊魔法で拾った情報によれば、アイルレッダ国の上層部はレッドタワーの集団死に続いての行方不明事件で、クラスメイト達からの不信感が高まることを恐れていた。

 悪徳貴族と天秤にかけるまでもない。

 ちょっとでもクラスメイト達の溜飲を下げようと、カスタネア村へ攻めて来ることは充分に考えられる。

 俺が紅上院を殺せば、弔いと称してカスタネア村を滅ぼしに来ることもあり得るのではないだろうか。


 この馬鹿貴族が紅上院とアイルレッダの関係をどの程度把握していたのかはわからないが。

 そもそも、紅上院の素性を知らない可能性もある。

 たまたま私兵のひとりが誘拐してきた女、くらいにしか考えていたないのではないだろうか。


 俺は紅上院の頭を掴み、顔を上げさせて目を合わせる。


「本気で、アイルレッダ王都の兵が来ると思うか」


「ひぁ……来る、来る、絶対来るわよ! 私を殺したりしたら、アナタごとこんなところ……!」


 俺は、紅上院の残った方の目に親指を突き刺した。

 人差し指と中指をこめかみに添え、ぐっと親指に力を込める。

 地下室に絶叫が響き渡り、気を失ったのかがっくりと首を垂れさせる。これで、紅上院は両目を失明したわけか。


 ゴルベドへと目をやると、彼は地下室の隅で身を小さくし、哀れに震えていた。


 エレの精霊魔法で、村に近づいている集団がいないかを調べるべきか?

 いや、いつ来るのかわかったものではない。

 俺が情報を集められたのはエレの精霊魔術と、禁魔術があってのことだ。

 アイルレッダ王都の兵団に同じことができるとは思えない。


 かといって、いつまでも来ないということもないだろう。

 ゴルベドと紅上院の行方不明を結び付けるのはさほど難しくないはずだ。

 ゴルベドが誘拐魔であることは黙認されていただけで、宿の主人でも知っていることだったのだから。


 私兵に忠告を出し、領土付近を見張らせた方がいいか。

 そのためにはやはり司令塔としてゴルベドを動かした方がスムーズに済むか。

 見ず知らずの俺が言って動くはずはないし、半端に事情を説明しても混乱が残る。

 私兵ひとりひとりを洗脳するのは魔力の無駄だ。


「ゴルベド、立て。そのうち、王都から兵団が攻めてくるかもしれないらしいぞ」


「は、な、な? そんはずがあるか! 俺は、王都の……」


「そこの女は、お前より国にとって遥かに大事な身なんだよ」


 知人の権力に縋るのにも限度がある。

 優先順位がゴルベドの方が低いであろうことは、容易に想像がつく。


「え、あ、な……そんな……そんな、馬鹿なことが……。だ、だったらあんな女、返せば……」


「無傷なら誤魔化してもらえたかもしれねぇけど、アレ返しても許してはもらえないと思うぞ」


 俺は紅上院を指で示す。

 彼女は台に裸で縛りつけられ、顔を赤く晴らして両目から血を流している。

 目は治らないし、顔も元通りとはいかないだろう。


 ゴルベドの顔から、さぁっと血の気が引いていく。


「きさっ、貴様のせいだろうがぁっ! 貴様さえ、貴様さえ来なければ、貴様さえ来なければこんなことにはぁっ! 俺は、俺はなぁっ! 俺はなぁっ!」


 ゴルベドは後ろ盾を失くしたことがよほどショックだったらしく、目に涙を滲ませながら両手を伸ばし、覚束ない足取りで近づいてくる。

 俺が脅しに禁魔導書を開くと、「ひぃいっ!」と声を上げながら尻餅をつく。

 そのままゴルベドはワァワァと泣きながら、床に頭を打ち付ける。


 俺は禁魔導書を閉じ、ゴルベドの襟を掴んで強引に立ち上がらせる。


「俺を殺すな、俺を殺すなぁぁっ! クロムゥークロムー!」


 ゴルベドはさっき俺が殺したばかりの魔術師の名を叫び、その肉塊へと駄々っ子のように手を伸ばす。

 駄目だ。ちょっと脅しをかけたら、すぐに錯乱してしまう。話が進まない。


「安心しろ。俺に従えば、追い払う手伝いをしてやる。それからお前はゆっくり逃げればいい。捕虜にした女だってくれてやる」


「ほほ、本当か? 俺、俺を殺さないんだな?」


「ああ、だが保険は掛けさせてもらうぞ」


「保険だと?」


 俺はゴルベドから手を離し、魔導書を開く。


「影よ、我が従者と成りて災厄を撒け。禁魔術、『闇夜の使い魔ティネットシネット』」


 俺の影の一部が浮き上がって実態を持ち、黒い鎌を持った悪魔のシルエットへと変わる。


「キャハハハハハハハハハ」


 使い魔は無機質な甲高い声で鳴き、ゴルベドの背へと歩く。

 ゴルベドは悲鳴を上げながら使い魔に向き直り、腰を抜かす。


「そいつを、お前につけておく。俺に敵対行動をとったら、すぐに首を撥ねる。じゃあ今から、俺の言う通りに私兵を動かしてほしい。とはいっても方針だけで、詳しい采配は任せる。俺にこの手の知識はないし、領土の形も知らない」


 ゴルベドは歯の根を打ち鳴らしながらも、首を何度も頷かせる。


 これで王都の兵団が向かって来たら、早期の発見ができるはずだ。


 戦力差はまたレッドタワーのときのように、『破壊の巨人グリントロル』や『八足の暗殺者モルテア・アラネア』を召喚しておけば埋められるだろう。

 何体召喚するかは、戦力差より規模に依存しそうなので、簡単には判断できないが。

  俺は禁魔導書を捲り、丁度いい魔物がいないかを探す。

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