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「お前が、火撒いてやがったってぇのか? ふざけてんじゃねぇぞっ! カタリ如きが、調子乗ってんじゃねぇ! ああ? ぶっ殺すぞ!?」


 京橋けいばしが叫ぶ。

 火の中から俺が出てきたことに驚きはしたようだが、それ以上の安堵が表情には滲んでいた。

 カタリならば脅して屈服させられると、そう考えているのだろう。


 実際、高校ではずっとそうだった。

 顔を殴られ、物を壊され、金を盗られ。

 そんな日々を送っていたのだ。抵抗できないと、身体がそう覚え込んでいた。

 殴り返してやろうと力を入れた拳は持ちあがらず、笑いの種を与えるだけだった。


 京橋も同じなのだろう。

 ずっと他者を蹂躙して生きてきたアイツは、俺程度なら怒鳴って制圧できると、いまだにそう思っているのだ。

 散々甚振ってきた相手に命を握られているという状況への、逃避的な意味合いもあるのかもしれない。


「おい、黙ってんじゃねぇぞ? ああ? なんだ? ビビってんのかよ?」


 勢いを取り戻したようで、京橋は青褪めていた顔を怒気の孕んだ赤に染めた。


「京橋」


「ああ?」


「殺すなんて、ここでは脅しにもならねぇぞ」


 わざわざ口にせずとも、すでにここは殺し合いの場なのだ。

 重ねて、それも軽々しく言葉にし直す意味などない。

 俺の顔を見て、随分と学校気分が戻ったらしい。

 すぐそこにある驚異のことも忘れて、随分とお気楽なものだ。


「は、はぁ? 意味わかんねぇこと言ってんじゃねぇぞぉ!」


 俺は京橋から顔を逸らし、グリントロルへ視野を向ける。


「あの男を、軽く嬲ってくれ」


「ヴァルブゥ……ヴゥルヴグァアアッ!」


 グリントロルは乱暴に首を振り、肯定を示す。

 それからゆっくりと、京橋へと近づいていく。

 ずしり、ずしり。巨体の重さが鳴らす足音が、硬い床を軋ませる。


「ふ、ふざけんじゃねぇっ! やめさせろ! その気色悪い奴を俺に近づけんあァァッ! 聞いてんのかカタリィィィィィィイッ! 殺す、ぶち殺すぞ! 殺す! 冗談じゃねぇぞ! 俺は、中学でムカつく奴殺してやったことがあんだぞ! 俺が殺すっつったら、ホントに殺すからなぁァァァッ!」


 グリントロルのごつい腕が京橋へと伸びる。


「がぁぁぁあっ! やめ、やめろおぉぉぉおッッ! また便所の床を舐めさせてやろうかぁ! お前如きがッ! 俺に何かできると思ってやがんのかぁぁあっっ!」


 京橋が逃げようとするが、グリントロルの手はあっさりと彼を捕まえた。

 足から持ち上げられた京橋は頭を床にぶつけ、逆さまのまま宙に持ち上げられる。


「殺すぞぉぉおおおッ! 殺してやるぞぉぉおッ!! 謝っても遅ぇぞぉおおおッッッ!」


 グリントロルがそのまま、京橋の足を振り回す。

 床へ、壁へ、天井へ、身体を、頭を打ち付け続ける。


「ガァハッ! やめで、やめぶぇぐれぇぇっっ! じぬぅ……じんじまうぅ……。俺がぁ、俺が何をしたぁ! ウブバハァッ! やめざぜでぐれぇ……こいつ、どめで……どめて……」


「俺が何をした、はねぇだろ。俺は、お前と同じことを言った記憶があるぞ」


「こんな、だからって……じょっと、ちょっとふざけが過ぎただけじゃねぇがぁ……な? ごろざ、ごろざなくだって……。俺が、俺が悪がったぁ……だぐぁら……こいつ、どめて……」


 ちょっと、悪ふざけが過ぎただけじゃないか、と言ったのだろう。

 よくもまぁ、今更になってそんなことが言えたものだ。

 怒りから呆れへ変わり、それから家族を侮辱されたことへの怒りが込み上げてくる。


「ちょっとふざけたで、焼け死んだ人の家族のことを笑えるんだな」


「じゃあ俺の家族を殺せよぉッ! ぞれで怒っでんなら、おで……俺を殺ずのは……違うだろ……そうだ、俺を殺すのはおがじいっ! 頭おかじいんだよお前ッ! やるなら俺の家族をやれェッ! ぞうだ! ぞれがいい! ぞれでいいじゃねぇがぁッ!」


「いい加減にしやがれぇっ!」


 重ねて死んだ家族を馬鹿にされたと、そう感じた。

 実際のところはただ助かりたい一心で口にしたことだったのかもしれないが。


 俺の叫びに合わせるように、グリントロルの止まっていた手が再び動きだす。

 勢いよく京橋の身体を振り回す。一周回るごとに、それはどんどんと速度を増していく。


「やめでぇっぇえぇェェェェェエエェェッ!!」


 グリントロルの手からすっぽ抜けたのか、勢いよく京橋の身体が飛んでいく。

 京橋は背を壁に打ち付け、床に落ちる。顔だけでは誰か判別がつかないレベルで怪我をしており、身体中至るところがパンパンに腫れて見るも無残な姿になっていた。

 あまりにも手足が歪に曲がっていて血塗れだから、手が一本足りないこともパッと見てわからなかった。

 びくびくと身体が痙攣しているので、まだ死んではいないようだ。時間の問題だろうが。


「にしても、グリントロルが放すなんて……」


 グリントロルの握力なら、そんなことはまずしないと思うのだが……。

 しかしその疑問は、グリントロルに目をやればすぐに解決した。

 グリントロルの手には、京橋の足が握られたままだった。

 すっぽ抜けたのは、京橋の足の方だったのだ。


 手だけでなく足も一本になっていたとは。

 あの死にかけの残骸があまりにぐちゃぐちゃ過ぎて、気付けなかった。



「キ、キャァァァァァアッ! ひとっ、人殺しぃっ!」


 声の主、津坂つさかへと俺は顔を向ける。


「……人殺しと仲良く笑ってた奴がよく言えるな」


「い、いやぁっ! 来ないで、来ないでくださぃい!」


 津坂が立ち上がろうとするが、恐怖で膝が笑ってまとも足を動かせないらしい。

 少し腰を浮かせたかと思ったが、そのまままた再度尻餅をついた。


「あ……あ、ああ……嫌……嫌です。死にたく、死にたくないです……」


「そうか、じゃあ死にたいと思えるまで壊してやろう」


「イヤァァァァァアァァッ!」


 グリントロルに目を向ける。

 グリントロルは俺の視線を受けると京橋の足を放り投げ、津坂へと近づいてく。


「来ないでくださぁい! 来ないでぇ……来ないでぇえっぇえッ!」


 グリントロルの拳が、津坂の腹にぶち込まれた。

 下から上へ、アッパーに近い動きで、彼女を持ち上げるように殴る。


「おぶぅぇぇぇぇぇっ!」


 津坂の軽そうな身体は簡単に宙に浮く。

 口から飛び散る、血液交じりの吐瀉物。

 そしてそのまま受け身も取らず、背中から床へと叩き付けられる。痛みのあまり、落ちたときの対処などに頭が回らなかったのだろう。


「かはっ! かはぁっ! げほっ!」


 これまた血液の混じった咳を散らしながら、津坂は絶望に目を見開いて天井を見つめる。


「あ……あ、あああ……」


 今のグリントロルは全力ではなかったはずだ。

 本気で殴っていれば、恐らく腹に穴が空き、津坂は頭で天井を壊す破目になっていただろう。

 俺の趣旨に合わせてくれているのか、元より嗜虐性があるのか、どちらにしろ好都合だ。


「手は、手はやめてください……ピアノが、ピアノが弾けなくなったら私は……私は……」


 仲間がバタバタ死んでいくのを見て、まだ自分は生き残れると考えているらしい。

 どうしてこうも脳天気なのか。


「グリントロル、手から潰してやれ」


 ある程度こっちの言葉がわかっているようで、グリントロルがまた小さく頷く。

 それから仰向けに倒れている津坂の両手に腕を伸ばし、右手を右手で、左手を左手で肩から握り潰す。


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!」


 グリントロルが捻りを加えると、骨の折れる音と、津坂の絶叫が広間に響き渡った。

 捻じり、畳み、潰しはするが、身体から離させはしない。

 腕とはいえない肉の塊が、津坂の両肩からだらりと垂れる。肘らしきところから、折れた骨が突き出ていた。


「嫌ぁッ! 嫌ぁッ! こんなの嫌ァァァアッ!」


 身体全身を震わせながらも、津坂は寝返りを打つ。

 それから肉をぶら下げる肩を動かし、床を這ってグリントロルから距離を取ろうとする。


 当然そんな状態でグリントロルから逃げられるはずもなく、グリントロルはそんな津坂をあっさりと捕まえる。

 両手でがっしりと掴み、頭の高さまで持ち上げる。


「放してェェェェエェェッッ!!」


 グリントロルが手に力を込める。


 ギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギ。


 津坂の悲鳴が止み、代わりに鳴るは肉の押し潰される音。


 グリントロルの指の隙間から血が、ミンチが漏れ出す。

 そしてゆっくりと手を開き、どこが頭かもわからない、『津坂だった』肉団子を俺へと見せる。


「よくやった、戻ってくれていい」


 俺が言うと、グリントロルの身体が一瞬だけ鈍い光に包まれ、巨体が姿を消した。

 後に残るは血の海、ゴブリンの死体の山と人間の惨死体。



 木村(きむら)井上(いのうえ)遠藤(えんどう)砂川さがわ

 京橋に津坂、レイアも死んだ。

 最初は九人だったのも、残すところ後二人。

 国木田くにきだとその恋人である椎名しいなだけだ。

 八階建てのレッドタワーも登りきり、後は屋上のみ。


 あいつらを殺せば、レッドタワーでの復讐劇は終わる。



「エレ、ここで待っておいてくれ」


 八階層の奥にある階段に足を掛けたところで振り返り、ついて来ようとしたエレへと待機命令を出す。


「え? で、ですが……もしも御主人様の身に何かあったら、エレは、エレは……」


「……あいつとは、一度二人で話してみたかったんだ。頼む」


「わ、わかりました。エレなんかが……エレなんかが口応えをして、申し訳ありません」


「別に怒ってるわけじゃない。心配してくれて、ありがとう」


 エレと一旦別れ、屋上への階段を登る。

 上へ上へと進むたび、屋上への入り口から外の冷たい風が入ってきて、俺の身体を冷やした。



『気を付けるのだぞ。レイアも言っておったが……あの国木田という男、見かけ以上にトンデモない量の魔力を持っておる。使いこなせてはいないようであったが』


「わかってるよ。あいつが化け物だっていうのは、あのクラスでも俺が一番よく知ってたから。簡単に死んでくれるビジョンが浮かばねぇな」


『む? しかしカタリは、クラスで省かれておったのだろう? なぜ貴様が一番知っていると、そう自信を持って言えるのだ?』


「……あいつは、化け物だ。どんなバラバラの集団でも纏めて、ひとつの生き物みたいにしちまう。あいつがヤバイってことは、集団の内側にいる奴にはわからねぇよ。外側に弾き出されて餌にされて、客観的に見て、ようやく異常だって気付けるんだ」


 あの京橋が、異常事態が起こるまでさして問題行動を起こさなかったことがいい例だ。

 今回のレッドタワー、模擬ダンジョンになぜ京橋が連れてこられたか、ようやくわかった。


 平和ボケした異世界人に魔物をぶつけるのだから、何が起こるかわからない。

 カリスマ性のある国木田を連れてこないわけにはいかなかったのだ。

 そして京橋は、王都にいようとレッドタワーにいようと、国木田がいなければ制御できない。

 だからこの二人をセットで連れ出すことになったのだ。


 俺がクラス中から虐められていたのは、信号トリオ以上に、国木田の誘導があったところが大きい。

 危険因子の多いクラスを纏めるため、標的を絞らせ、仲間意識を持たせる。

 俺はそのための、生贄だった。



 屋上に上がると、国木田の背が見えた。

 塔の縁に立って、自分に凭れてくる椎名を支えながら空を見ている。


 朱色の夕焼けに、仄暗さが差しかかっている。

 もう、夜が近い。

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