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「本当に……ここは何なんだ? 勿体ぶるのもそろそろやめてくれよ」


 長い地下階段を歩かされ辿り着いたのは、サーカス場のようなところだった。

 円状に観客席が並べられており、その真ん中にステージがある。


 それだけならまだ普通のショーだと思えたのだが、ステージには赤黒い血のようなものが所々にこびり付いていた。


 客層もまた極端なのだ。

 貧民街奥地にも関わらず、派手な服装をした肥えた男が多かった。

 男達は歯を見せて笑いながら、まだ誰もいないステージを凝視している。


「あんまり……品のいいものだとは、思えまセン」


 隣に座っているメアリーが、俺の服の袖をくぃっと引っ張る。

 俺がメアリーの方を向くと、彼女は出口の階段へと視線を向けた。


 メアリーはここを出たくて仕方がないのだろう。

 はっきりいって俺も同じ気持ちだった。


「私ってほら、箱入り娘だから。反動でたまにこういうちょっと過激なのが見たくなっちゃうのよ」


 ミーシャは悪戯っぽくウィンクする。

 俺は反応に困り、顔を顰めた。


「入場料払った後で悪いんだけど……やっぱり、メアリーと一緒にここを出ていいか?」


 俺が立ち上がろうとすると、ミーシャが俺の右肩を押さえつけた。


「ま、待ちなさいよ! 多分、貴方達の思ってるようなのじゃないから!」


「だったら、さっさとこれが何のショーなのか言え」


「服も靴も、誰が買ってあげたと思ってるのよ! 貴方達、私がいなかったらまともに情報収集だってできなかったのよ! いいじゃない、ちょっと付き合ってくれるくらい!」


 あくまでもここが何なのか言わないつもりらしい。

 どこをどう見たって、ここで真っ当な見世物が始まるとは思えない。


「だからこれが何なのか……」


「カ、カタリ……やっぱり、せっかくデスシ……」


 声を荒げようとした俺を、メアリーが宥める。

 ミーシャの『誰が買ってあげたと思ってるのよ!』という言葉を気にしているのかもしれない。


 俺は椅子に座り直す。


「そう、それでいいのよ」


 ミーシャは安堵したようにそう言った。



「では皆さん! 今宵もお集まりいただき、ありがとうございます! ワタクシ、主催者のゴドーでございます!」


 シルクハットを被った痩せた男がステージの真ん中に立ち、声を張り上げてそう叫んだ。


 ゴドーと名乗る男の登場に、観客席からざわめきが起こる。


「それでは、商品の入場でございます!」


 ゴドーが言うのとほぼ同時に奥にある扉が開き、そこから布きれのような服を身に纏った者達が現れ、ぞろぞろとステージ並ぶ。

 30人近くいるだろうか。

 年齢性別とバラバラだが、皆一様に瞳に生気がない。

 髪の間から獣耳のようなものが出ている者が多くいた。


「これって……」


「亜人奴隷のオークションよ。これが、結構面白いのよ」


 悪趣味だと思ったが、声には出さないでおいた。

 顔に出てしまったかもしれないが、ミーシャの目はステージに釘付けになっていたので大丈夫だろう。


 幼い猫耳の女の子、身長が3メートル近くある毛むくじゃらの大男、妖艶な雰囲気を纏っている美人。


「ではこの犬耳女を、20万ゴールドより!」


「30万!」「40万だ」「95万!」

「俺は110万出すぞ!」


 次々と奴隷を前に立たせ、ゴドーが開始金額を口にする。

 その瞬間あちらこちらから手が上がり、希望の値段が告げられる。


「さっき95万って言った男、多分つり上げ屋よ。ある程度、顧客の資金とか好みを下調べしてから来てるんだわ」


 ミーシャが俺に耳打ちしてくる。


 買い手が決まれば、主催者側の人間が奴隷を新しい主人の元へと連れて行く。


「あのオヤジ、あんな小さい女の子を何に使うのかしらねぇ?」

「ねぇねぇ、あの大男を落札した奴、美少年にも結構喰い下がってたわよ! 絶対ホモだって!」


 俺には胸糞悪いようにしか見えないのだが、ミーシャにはこれが楽しくて仕方ないらしい。

 俺とメアリーからの反応が薄いのが気に入らなかったらしく、「なによカマトトぶっちゃって」とミーシャは頬を膨らませた。

 それからは俺達にあれこれ声を掛けることはなく、ステージに見入っていた。


「……なんだ、あの子」


 次の商品の娘を見て、思わず俺はそう呟いてしまった。

 何かの病気らしく、顔中が真っ赤な吹き出物に覆われていた。

 吹き出物のせいでまともに目を開くことすら困難なようで、薄く眼を開けて不安そうにキョロキョロと辺りを窺っていた。

 吹き出物は頭の一部にまで登っており、真っ赤なぶつぶつのできている部分は、髪も禿げてしまってる。

 見ているのも痛々しい。


「ああ、あの娘ね」


 俺が関心を示したのが嬉しかったのか、ミーシャの声は弾んでいた。


「ネタばらししちゃうと、多分あの娘、今日あんな顔にされちゃったんでしょうね」


 ミーシャの言い方は、まるでクイズでもしているかのようだった。


「どういうことだ?」


「ほら、あの娘、痒そうに掻きむしってるでしょう。でも吹き出物が広がっている割には、掻いた痕が少ないし、新しい傷口ばっかりだと思わない? それに、明らかにあの吹き出物に圧迫されている視界に慣れていないわ」


 言われても、そこまでじっくり見る気にはなれなかった。


「毎回、一人か二人はああいう枠の娘が出てくるのよ。私も、最初見たときはびっくりしたわ」


 吹き出物だらけの女の子が、ステージの台に立たせられる。


「なんだそのブサイクは!」「引っ込ませろ!」

「気持ち悪い」

「見てると顔が痒くなってくるわ!」


 嫌悪の籠った罵倒と笑い声が飛び交う。


「本当に申し訳ございません! 元々はこの娘、それはそれは大層な美人だったのですが……いやはや、こちら管理側のミスでございます! 本当に申し訳ございません! 変わった趣向の方がおられればこの娘にとっても幸いと、この場に出させてもらった次第であります!」


 ゴドーは芝居がかった調子で、わざとらしく身体をくねらせながら言う。


「ではこの醜女、3000ゴールドより!」


 街の露店や買ってもらった服などの単価を見るに、こっちでの1ゴールド=約10円と考えて良さそうだった。

 因みにこの奴隷オークションの入場料は、5000ゴールドだった。


 女の子の値段を聞いてから、一層と会場が笑う。


「もっと安かったら考えるぜ!」


 客席から飛んできた野次を受け、ゴドーは頭を抱える。


「むう……だったら、仕方ありませんねぇ。特別価格! 30ゴールドでいかがでしょうか?」


 また会場の笑い声が増す。

 あまりに異様な光景だった。

 ミーシャも口を隠しながら笑っていて、それが一番のショックだった。


「5ゴールド!」


 前の方の席に座っている男が、けらけらと声を上げながら叫ぶ。


「仕方ありません! 5ゴールドスタートということで、誰か他に買う人は? チキンより安く奴隷が買えるなんてことは滅多にありませんよ! 子供のお小遣いでだって買えます! どうですかそこのお坊ちゃん?」


 ゴドーに手を向けられた親の連れで来たらしい男の子は、黙ったままブンブンと首を振った。


「6ゴールド!」「7ゴールド!」


「刻みますねぇ! まさにデットヒート!」


「5万ゴールド」


 手を挙げたのは、化粧の濃いカマっぽい男だった。

 辺りがしん、と静まり返る。


「アンタ達、趣味が悪すぎるのよ。見ていて不快だわ」


 さっきまでビクビクと辺りを見渡して震えていた女の子が、微かに笑みを見せた気がした。

 もっとも、吹き出物のせいで顔はわからなかったが。


 俺もほっとして、つい溜め息を吐いた。


「ほら、アナタ、渡してきてちょうだい」


 オカマは付き添いの使用人に金貨を握らせる。

 使用人はすぐさまステージの方へと歩いていく。


 その様子を見て、違和感を覚えた。

 主催者側が奴隷を客のところまで連れて行くんじゃなかったのか?

 どうして、客側がわざわざ金を運んでいるんだ?


「ゴドーさぁん、投石でお願いしていいかしらぁ? ああ、ワタシィは投げないわよぉ」


「ええ、かしこまりましたとも」


 ゴドーが答えると他の主催者側の人間が動き、女の子の身体を取り押さえた。

 女の子は状況が理解できていないらしくじたばたと暴れ始める。

 そんな女の子の足に手錠を嵌め、反対側の手錠をステージの一部に引っ掛けて彼女をほとんど動けなくした。


 ゴドーが他の奴隷を避難させる。


「では最前列の方、石は受け取りましたね? よぉーく狙って投げてやってください!」


 女の子の悲鳴と同時に、客席から一斉に石が投げつけれる。

 次々に女の子に直撃し、彼女はすぐ血塗れになってその場に倒れた。

 投石が止むと、主催者側の人間が死体を抱えて奥の扉へと消えていった。


「良かったんですか? あんなのに5万ゴールドも……」


「仕方ないじゃない。だってワタシィ、あんな醜い者、一秒でも長く見ていたくなかったもの」


 オカマとその使用人が話しているのが耳に届いてきた。


「う……おぅぇ……」


 メアリーが下を向き、ガタガタと震えながら嘔吐を堪えていた。


「お前ら……人間じゃねぇ」


「あら、どうしたの? カタリ?」


 ミーシャが笑いを止め、俺を見る。


『妾の下僕よ、余計な気は起こさん方がよいぞ。ここには金持ちの護衛もおるし、それにあのゴドーとやらからもそこそこの魔力を感じる。こんなところで寸劇をやっているのが不自然なほどには、な』


 俺はそっと魔導書の表紙を撫でる。


 トゥルムに言われなくたって、ここで暴れるつもりはない。

 人数が多過ぎるし、間違いなく犯罪者として俺の顔が割れるだろう。


 それに何より、どこまでの人間を傷付ければいいのか、俺にはわからなかった。


「どうしたのカタリ? 顔が怖いわよ」


 残りの奴隷は、文句の付けどころのない綺麗どころばかりだった。

 さっきのような惨状にはもうならないはずだ。

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