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099 ガルナバン鋼の切れ味


「ほぉ~、決闘とな?」

「今時流行らないと思うけど……」


「胴元がリブラ騎士団なら、かなりの参加者が集まるわ」

 カテリナさんがタブレットを取り出して、早速掛率を眺めている。

 決闘なんだよな?

 

「最大10口とは困ったものね。皆も参加するんでしょう?」

 カテリナさんがグルリと回りを眺めて、早速申し込みをしているようだ。一口いくらなんだろう?


「じゃが、兄様の勝利の還付率は1.26倍じゃぞ」

「前回のトリスタン様との試合を知っている人達が多いんでしょうね。でも、教会の利率より遥かにマシよ」


 クリスと部屋に戻ったところで、ワインを飲みながら決闘の話をクリスがしたところ、こんな騒ぎになってしまった。

 フレイヤとカテリナさんはあちこちの胴元のサイトを確認しながら掛け率のチェックをまだやってるようだ。


「ところで、兄様は騎士の決闘ルールを知っておるのか?」

「いや。相手を降参させれば良いじゃないの?」


「騎士の決闘は死合いじゃ。騎士は尊重されるもの。じゃが、騎士の傲慢を戒める意味で、騎士だけは決闘が許される。相手の挑発を受けねばそれまでじゃが、そうなると受けぬ騎士とともに所属する騎士団が笑いものになる。いずれにせよ、兄様は受けざる得ないじゃろうな」


 殺すのか?

 そこまでしなくてもいいんじゃないかな?

 

「這いつくばって許しを請うなら、腕の1本を切り取って終わりにしなさい。それが出来ぬ騎士なら必要ないわ。所属する騎士団も迷惑なだけよ」

「でも、リオ様は剣を使えるのですか? 騎士ならば幼少から剣を学んでいます」


 エリーの言葉に、全員が俺に顔を向けた。

「見た事はあるよ。でも、実際に使うのは初めてになるのかな」

 俺の言葉に全員が唖然とする。


「じゃが、ムサシをあのように機動したではないか?」

「トリスタン様を倒して、カリムを倒すほどの実力で、剣を使ったことが無いですって!」


 カテリナさんの持つタブレットをもう一度全員が覗いている。相手の掛率は2.34倍……何か、悩みだしたぞ。


「我と少し打ち合ってみるか? あまりに不甲斐ない負けでは、姉様が可哀相じゃ」

「いや、そこそこはいけるんじゃないかな? 俺の剣の使い方は、相手も知らないだろうしね。でも、正統派の剣は一度見せてくれないかな?」

「ちょっと、待つのじゃ!」


 ローザが部屋に走っていくと、短剣を持って戻ってきた。短剣といっても、騎士の持ち物だから刃渡りは40cm位ある。


「相手は男子じゃから、長剣じゃな。両手を使うのじゃが、構えはこんな感じじゃ」


 簡単な演武を見せてくれた。

 遠心力で叩きつける感じだな。斬るんじゃなくて、ぶった切るって感じだぞ。


「ありがとう。参考になったよ」

「勝てるって事?」


 卑怯な手を使わなければ、何とか良い勝負が出来そうだ。

 とは言え、勝負は時の運。 どちらかが倒れるってことなんだからな。

               ・

               ・

               ・

 次の日、早めに朝食を終えると、部屋に帰って仕度をする。

 決闘では戦闘服を着てはいけないそうだ。

 短パンにTシャツそれにスニーカーを履く。試合時はスニーカーは邪魔だから脱いで置けばいい。

 タオルを首に掛けると、ベレッドじいさんの打ってくれた刀を持ってリビングのソファーでコーヒーを飲む。


「それで挑むの?」

「そうだけど?」

 疑問に疑問で答えてしまった。

 相手が長剣なら俺も長剣とほぼ同じ長さの刀で良いと思うんだが……。

 「相手は長剣じゃ。簡単に剣を叩き折るぞ」


 だが、これはガルナバン鋼で造られている。粘り強いと言っていたから大丈夫じゃないかな?

 それに、アリスから一刀流の極意を伝送して貰っているし、関連する動きはムサシでシュミレーションが済んでいる。

 俺としては、万全だと思うんだけどね。


「で、決闘は12時からになるらしいわ。後3時間も後になるのよ」

「あれ? 昨日は10時と言われましたよ」


「さっき、知らせが届いたわ。リブラ騎士団長からの正式な知らせよ。準備が間に合わないらしいの」

「それは、仕方が無いわね。決闘なんてしばらくなかったから、色々と調整事項があるんでしょうね。それに後見人も必要になるでしょうし」


 意外と面倒な手続きなんだな。

 とは言え、どちらかが死ぬことになっても、殺人罪を適用されると厄介だ。その辺の調整なんだろう。後見人の人選もその辺りを加味してるに違いない。


 ホテル前の砂浜には何時の間にか、白い布が張られている。何か、本格的な感じだ。

 バギーが折畳み椅子を沢山積んで、ホテルから白い布の向うに消えていった。


「もうすぐ、放送局の連中も到着するわ。隣の王国からも来るらしいわよ」

 何か、イベントと勘違いして無いか?

 俺達は命のやり取りをするんだけど……。


「騎士は憧れの的ですからね。その騎士同士の決闘が見られるなんて……。ウエリントン王国の職場は2時間程誰もいなくなるでしょうね」

「犯罪が起きたら困るんじゃないかな?」

「大丈夫、犯罪者だって見たいはずだから。そして、そんな時間にあえて盗もうとする輩は……たぶん恐ろしいことが待ってるでしょうね」

 

 俺の疑問にフレイヤが答えてくれたけど、その内容はそれ以上聞いてはいけないような話だった。

 これは、早めに終らせるに限るな。


 のんびりとタバコを楽しみながら、砂浜の様子を眺めていると扉を叩く音がする。

 フレイヤが扉を開けて来客を確認している。


 「マクシミリアン次期伯爵のお越しです」


 そう言ってソファーに1人の男を案内してきた。直ぐ後ろに2人の兵士が付いている。

 俺は直ぐにソファーに戻った。貴族相手ではどんな嫌味を言われるか分ったもんじゃないからな。


「騎士団員である騎士の決闘はしばらく行われておりません。軍から私が見分役として参りました。マクシミリアンと申します。リオ公爵殿に拝謁出来たことを光栄に思います」

「新参公爵ですから、お気遣いは無用に願います。今でも、ヴィオラ騎士団の騎士ですから」

 互いに握手をしてソファーに座る。


「ヴィオラ騎士団と言う名を聞いた事がありましたので3軍の誰かをという事で私が出向いてきたのです。秘蔵の酒を用意してきましたぞ。勝者に贈ろうと思いましたが、どうですかな?」

「勝負は時の運。結果が出るまでは分りません。ですが何故、軍の指揮官たる貴方がいらしたのですか?」


「不正を防止するためです。一応、リブラ騎士団が立会人となっていますから、問題はなかろうという事になってはおりますが、下級騎士団の名を使った私刑まがいの事が昔は多かったと聞きました。

 ために、王国は騎士の決闘の後見人をその土地の持ち主、その土地を守護するもの、そして他の騎士団長の3者を用意することになっておるのです。

 この島は王族のプライベートアイランド。既に国王はトリスタン殿とこちらに向かわれていますよ。守護するものは私になりますが、騎士団長はテンペル騎士団と調整がとれたようですな。頑張って秘蔵の酒を手に入れてください」


 そう言って、マクシミリアンさんは帰っていった。

 なるほど、そんな理由なら、砂浜の作業も少しは理解出来る。

 そして、面倒な決闘の段取りがキチンと出来る騎士団の名も世の中に広がるのだろう。

 逆に、12騎士団なら当たり前に出来る事。と言う事も出来る。それも、騎士団の名を広めることに違いない


 次にやってきたのはベラスコだった。

 端末のネットワークで中継されるのだろうが、やはり近くに来たかったらしい。

 興奮したベラスコをなだめる俺に気が付いて、自嘲気味に苦笑いが浮かんだ。


「長剣を片手で扱う奴もいるようです。どんな汚い手を使っても、立会人がいる時点で正当な決闘となるそうですから、絶対に気を抜かないでください!」

 ベラスコが震える手で、俺の両手を握ってくれたのがありがたかった。


 約束の30分前だ。

 ドミニク達はここで仮想スクリーンで俺の決闘を見守るつもりのようだ。仮想スクリーンにはカメラテストの様子が映っている。

 まるでロケをしてるような感じなんだけど、1時間ほど後にはあの場でどちらかが死ぬことになるわけだ。

 俺でないことを祈るばかりだな。

 意を決して刀を手に立ち上がると、何故かローザも立ち上がった。


「付き添いじゃ。我なら、相手の取り巻きが銃を向けても迷わずに撃てる」

 そう言って、ホルスターの銃を確かめながら俺の後に続いた。

「絶対に帰ってくるのよ!」

 フレイヤとドミニク達が俺を見送る。

「御武運を……」

 エミーが俺に軽くキスしてくれた。


「行ってくるよ!」

 リビングを振り返って軽く手を振る。

 リビングの外にはリブラ騎士団の正装姿の騎士が待機していた。


「どうぞ、こちらに……」

 彼の後に続いて俺達はホテルを出て砂浜に向かう。

 

 ホテルから砂浜には数分で着く。

 白い布を捲りながら決闘場に入ると、ホテル側には2列の数十人の人が座っている。

 意外と大変な役目なのだろうが、これ幸いにおもしろいものが見られると思ってやってきた者もいるに違いない。

 国王様とトリスタンさんはどっちなんだろうな?


 布張りの中央付近に、20m程の距離を挟んで2つの椅子が置いてあった。

 既に、レイオン騎士団のレントスは席に座って、抜き身の長剣を膝に置いている。

 その後ろには2人の騎士がリブラ騎士団の制服を着ている。その1人はレントスと一緒だった女性の騎士だ。


「決闘場に子供を連れてくる騎士がいたとはな!」

 俺達の姿を見て、レイトスが大声で笑い声を上げる。


 だが、ローザは無反応だ。

 俺が椅子に座ると、俺の後ろに回る。


「兄様、奴は騎士の面汚しじゃ。死んでも化けてはこまい」

 小さな声で俺の後ろから呟いてる。


 誰も笑い声を上げる様子が無いことに気が着いたレントスが今度は俺を睨んできた。

 今から、そんなんじゃあ疲れるだけだぞ。

 そんな事を考えながら、スニーカーを脱いだ。


「12時だ。騎士レントスと騎士リオ伯爵の決闘をこれより行なう。2人の騎士証であるブレスレットは一時、我等リブラ騎士団が責任を持って預かる。

 本日の後見人に、ウエリントン国王、3軍の指揮官マクシミリアン殿、12騎士団が1つテンペル騎士団長が臨席している。

 よって、これは私闘ではなく、騎士に与えられた特権である決闘となる。両者ともに死力を尽くして自らの正当性を相手に示すように。

 ……それでは、初め!」


 ゆっくりと席を立ち、タオルで巻いた刀をローザに渡す。

 ローザが刀の鞘を掴んだのを確かめて、片手で抜き放った。


 数歩、レントスに近付くと、相手も近付いてきた。

 レントスの付き人と一緒にいた騎士が素早く椅子や荷物を持って後ろに引き下がる。

 俺の後ろにいたローザ達も同じように動いているんだろう。


 左肩に刀を担ぐようにして、相手の動きを見守る。

 先手必勝なのかもしれないけど、どうしても後手になる。後の先で俺は十分だ。


 視覚を赤外モードにまで拡大する。

 僅かな筋肉の緊張までもが熱となってレントスの体表面に現れる。


 まだ、どう攻めるか迷っているようだな。

 その時、俺の体の内部が変化し始める。一瞬俺が顔をしかめたのを見逃さなかったようだ。


「エイ!」

 気合の入った叫びと共に長剣が振り下ろされる。


 軸足を変えて素早くその剣スジから身を離すと、ゆっくりした動作で刀を肩から少し離したのだが、一瞬視界がブレたぞ。俺の体に異変が起きたのだろうか?


『申し訳ありません。敵の長剣にアルカロイド性の物質が塗られています。生身では傷を付けられた時点で動きが鈍ってしまいます。現在、半戦闘体形に体を変更しました。体形の変更に伴い身体機能が5割上昇しています』


 「了解」とアリスに告げる。

 それにしても、長剣に毒を塗るのはルール違反じゃないか?

 動きが鈍った時に致命傷を負わせれば、後で問題にならないとでも思ったんだろうか?


 レントスが大上段に長剣を構えてゆっくりと近付いてくる。

 あまり、感心はしない構えだな。トリスタンさんなら、飛び込んで横腹を掻き切るぐらいは出来そうだ。

 

 長剣を振り下ろした瞬間、横に移動して左から刀を片手で振るった。

 レントスは長剣から片手を離すと、前方に回転することで俺の剣スジから逃れる。

 

 それなりに出来るようだ。反射神経は中々だぞ。

 後ろから近付く俺に向かって、剣を水平に払いながら立ち上がる。

 その剣から逃れると当時に足を踏み込んで一撃を放つ。

 

 ガシン!っと鋼同士が激しくぶつかる音が響いた。

 

 素早く俺達は後ろに下がる。

 レントスの長剣に大きな傷が出来ている。さすがは、ガルナバン鋼だ。刀の材質としては理想的だな。


 互いに走りよって、相手に一撃を与えて走り去る。俺のTシャツが破れて薄らと血が滲んでいる。

 レントスも横腹から血が流れているのだが、俺を見る目は勝利者の目に変わっていた。

 俺に傷を付けたことによる、毒の回りを計算しているのだろうか? 薄ら笑いを浮かべながら俺の様子を探っている。


 となると、俺の体の秘密を知られない為にも、レントスを倒す必要があるな。

 レントスの出血は続いているが量的には問題ないレベルだ。それ程深い傷ではないのだろう。


 ゆっくりと渚の方向に歩いて行くと、レントスも俺と距離を同じくして渚に向かって横に動く。

 海水で締まった砂の上に立つ。


「行くぞ!」

「応!」


 互いの短い声を出して走り出す。

 振りかざした剣が、交差した瞬間に振り抜かれるとそのまま互いの位置を入れ替えたように足を止めた。


 レントスに向かって体を返すと、俺はゆっくりと頭を下げた。

 ローザが驚いたように俺を見ているところに歩いていくと、ローザの小さな肩をポンポンと軽く叩く。

 タオルに包んだままの鞘に刀を収めると、立会人と後見人に頭を下げる。

 まだ呆けたように立っているローザの手を引き、ホテルに向かって歩き始めた時に声が上がった。


 「「レントスが倒れたぞ。……なんと!!」」


 俺は奴の首を斬った。

 完全に振りきったから、しばらくは生きていたのかも知れない。そのまま事切れたんだろうな。


 後の始末は、立会人と後見人に任せよう。

 振り返ろうとするローザの背中を押すようにして、俺達はそのまま歩き去った。


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