092 荒野の掟は非情なもの
翌日。作戦発動まで30分を残すばかりだ。
明け方にアリスと出掛けて、潜砂艦の潜んでいる真上に大きな×印を赤い塗料で描いてきたから、上空からの爆撃の良い目標になるだろう。実弾を使った訓練にも思えるんだが、これは実戦なんだよな。
「レールガンはダメかのう?」
「今回は俺達の50mm長砲身砲で我慢してくれ。衝撃と発砲煙があるから、レールガンと違っておもしろいかもしれないぞ」
「そうじゃな。マガジンも5つ貰ったのじゃ。全弾叩き込んでやるぞ!」
ローザがソファーから立ち上がって叫んでいるのを、周囲の連中が微笑んでみている。
それは誰もが思うことだ。ローザが自分達の気持ちを代弁してくれたと思っているのだろう。
「ローザ様、お先に出撃します」
「リンダはサンドラ達と一緒じゃな。アレクはいまだに意識が戻らん。サンドラ達が潜砂艦に殴り掛からぬよう抑えるのじゃぞ!」
今回の作戦を聞いた途端に名乗り出たからな。アレクの恨みはかなり根強いに違いない。シレインも一緒だからベラスコ共々苦労するかもしれないぞ。
フレイヤが円盤機に乗り込んだことから、火器管制はエリーが代行するらしい。ムサシに射撃統制システムが無いから今回は全体を見守っていてもらおう。後ろから巨獣がやってきてもムサシがいるなら安心できそうだ。
「我等は時間差で出撃するんじゃな?」
「先ずは、爆弾を4機の円盤機で落とすことからだ。戦機が出てるのはまだ早いんだけど、サンドラ達がジッとしていられないとドミニクが判断したんだと思うよ」
そんなものかのう……。なんてジュースを飲みながら仮想スクリーンに映った×印を眺めている。
「あら、準備だけは出来てるのね?」
やって来たのはカテリナさんだった。
ライムさんが渡してくれたコーヒーカップを受けとりながらローザと一緒に×印を眺めてる。
別に動き出すわけではないんだけどね。
「アリス、あれから動きはあったかしら?」
『1時間前に探索プローブが顔を出しましたが、こちらの動きは察知していないようです。100mほど離れた場所に振動センサーを円盤機が投下しています。今のところは静かなものです』
思わずローザと顔を見合わせてしまった。
そんな動きがあれば仮想スクリーンに映し出されると思うんだけどな。
「潜砂艦のプローブは直径10mm程度よ。それを捉えたアリスのセンサの方が凄いと思うわ。カンザスの中からセンサーの振動解析で察知してるんですもの」
「兄様の良きパートナーじゃからのう。我のデイジーにもいろいろとセンサが搭載されておるのじゃが使い方がよくわからん」
戦姫は惑星の先行偵察が任務だったはずだ。アリスまでの性能は無くとも、確かに多種類のセンサが搭載されているのは理解できるな。問題は長い年月でその使用マニュアルが無くなってしまったということだろう。
「ほらほら、3分前になったわよ。画像を拡大してじっくりと見てみましょう」
カテリナさんは観戦モードだな。ライムさん達も少し離れたところで姉妹並んでスクリーンを眺めている。ポップコーンを食べながら見ているけど、ローザはスクリーンに目を向けたままだから気が付かないんだろうな。絶対に欲しがると思うんだけどね。
『作戦開始! 円盤機全機出撃せよ』
時間通りにドロシーが艦内放送を流した。
さて、どうなるかな? 事前の探査では30m近く沈んでいるらしい。カテリナさんの作った貫通爆弾は20mほど潜ったところで炸裂するから直撃させることはできないが、かなりのダメージを与えることはできるだろう。
3分後に、×印の周辺に盛大な砂塵が舞い上がった。4発が同時に炸裂したらしい。
円盤機がカンザスに引き返して再度爆装を行っているはずだ。
「アリス、動きはあるかい?」
『かなり慌てているようですね。カンザスの振動センサで捕らえられるほどですから』
「効果はあったということかしら? でも、潜砂艦を動かしてはいないわよ」
『核融合炉の出力を上げてはいますが、位置は変りません』
やがて第2回目の爆撃が始まった。2発ずつ2回に分けて投下した爆弾は、前回の炸裂したクレーターに吸い込まれていったから、少しは潜砂艦に近づいて炸裂したんじゃないかな。
『動き出しました。速度は毎時数百m。進行方向は軸線上で会頭は行っていません。探査プローブを確認、救援信号を発しています』
「電波妨害は大丈夫かしら?」
『すでに実施しています。半径200km内で通信可能な帯域はデイジーの統括範囲内だけが可能です』
すでに目標とした×印は消えているけど、数個のクレーターがあるから目標に使えそうだ。
「もう1回で姿を現すでしょうか?」
「本来なら全速離脱でしょう? でもこの速度しか出さないところを見ると、地中での移動に支障が出たということになりそうね。このまま待っていれば出てきそうだけど、さらに落とせば早まるかもしれないわ」
15分後に3回目の爆撃を行う。南に数十m移動しているのをデイジーが伝えたから、ダメ押しになるかもしれないな。
3回目は投下のタイミングがばらばらだ。
盛大な砂塵が周囲を包んでしばらくは何も見えなかった。
『潜砂艦が浮上してきます!』
「ドロシー、サンドラ達に連絡だ。側面を叩くように伝えてくれ!」
「我等も出撃じゃな。サンドラ達の反対方向で良いのか?」
反対というよりは、斜め後方がいいだろう。50mm徹甲弾の流れ弾は受けたくないからね。
後をカテリナさんに託して、壁のカプセルに乗り込みカーゴ区域に向かう。
すでにアリスやデイジーにはタラップが付けられていたから、急いで乗り込んでカンザスを離れる。
亜空間から50mm長砲身砲を取り出していると、グランボードに乗ったデイジーが近づいてきた。
「まだ姿は見せていないようだ。数m下ということなんだろうが、あれが見えるかい?」
「あれじゃな。あれで隠れてるつもりなんじゃろうか?」
砂が200m近く3mほど盛り上がっている。急速浮上したせいなんだろうが、風もそれほど強くないから、潜砂艦の形になってるんだよな。
円盤機が爆弾を投下した。すでに貫通型爆弾は使い切っているから通常弾だけど、爆風で土砂が吹き飛んだから潜砂艦の本体が姿を現した。
そこに戦機が走り寄って至近距離から砲弾を叩きこんでいる。
4機で合計16発が最初の攻撃だ。デイジーが送ってくれた画像を仮想スクリーンで眺めたが、凹んではいるようだが貫通はしていないようだ。
「兄様。我等も撃たんと!」
「そうだな。だけど、もう少し待ってくれないか?」
アリスが潜砂艦の地表に現れた船体を確認している最中だ。あれだけの爆圧を地中で受けて船体に異常が出ないわけがない。それを探しているんだが……。
『この位置です。船体の溶接に亀裂が入っています』
「ローザ、画像を送るぞ。この位置を重点的に撃ってくれ」
「了解じゃ。ひび割れておるのう。破れを広げるのじゃな」
俺達が砲撃をしている中、円盤機が最後の爆撃を行う。通常弾でも船体がむき出しだからな。4発の爆弾が炸裂すると、装甲板が捲り上がり、ひび割れた装甲板があちこちにみられる。
サンドラ達が装甲板の無くなった船内に砲弾を次々と打ち込んでいる。炸裂弾も混じっているのだろう、破壊された舷側からいくつもの爆炎が上がっている。
「兄様、あそこが開いとるぞ!」
「そうだな。たっぷりと撃ち込んでやろう!」
ローザと一緒に動力部の側面に開いた穴に弾丸を撃ち込んでいく。
そんな時だ。船体が一気に浮上して後方のハッチが開き始めた。全長200mの潜砂艦なら戦車を6両、自走砲を2両以上搭載しているはずだ。戦車を出してくるんだろうか?
ローザがマガジンを交換して至近距離からハッチの内部に砲撃を加える。砲撃終了と同時に後方に退いたところを今度は俺達が砲弾を叩きこんだ。
降車用のラダーが破損し、戦車がハッチの途中で頓挫している。さすがに戦車の前部装甲を破ることはできないが、戦車の弱点は上部だからねぇ。アリスが10mほど高度を上げて戦車のキューポラを狙撃した。
大きな爆発を起こしてキューポラが吹き飛んだから内部の砲弾が誘爆したんじゃないかな。
5個のマガジンを使い切ったところに獣機がマガジンを運んでくれた。新たに3個のマガジンを受け取ってあちこち煙の出ている側面に弾丸を撃ち込む。今度の弾丸はほとんどが炸裂弾だ。これで潜砂艦は動きを止められたも同然だな。
『カンザスがやってきます。距離を取るように指示がありました』
「艦砲を使うのか? 88mmでは力不足に思えるが?」
「まあ、ドミニクだって恨みはあるんだろうね。ここは譲ってやるのが騎士なんじゃないかな?」
戦姫でしぶしぶという動作をさせるんだから、ローザの操縦は上達したと思わざるをえないな。
1kmほど離れたところで成り行きを見守っていると、300mほどに近づいたカンザスが側面に砲塔を向けて一斉に射撃を開始する。
6発のシリンダー型装填装置を使っているからたて続けに36発を撃ち込んで、ゆっくりと会頭を始めた。さらに近づいて36発を放つ。
潜砂艦の舷側に大きな開口部が出来たぞ。あれでは砂に潜れないし、多脚式走行装置は両舷共に破損している。
ゆっくりとカンザスが離れた後を円盤機が爆弾を投下していった。今度は50kg爆弾だけど、開口部の中にもいくつか入って行ったから被害はかなりひどいに違いない。
『カンザスから作戦終了の指示が来ています。至急戻ってください』
「了解だ。何かあったのか?」
「巨獣の群れが近づいています。現在北西60km付近ですが、後続もいるようです」
かなり激しく爆弾や砲弾を使ったからかな?巨獣を刺激したのかもしれない。
ここは素早く立ち去ることにしよう。生存者もいるかもしれないが、荒野には荒野の掟があることを最後に知ることになるんだろう。
カンザスに全員が戻ったところで上空に避難する。
ここまでやったんだから最後まで見守ることも俺達の義務になるだろう。
勝利のワインを飲みながら仮想スクリーンの拡大像を見守る。
生存者が使える戦車を引き出そうとしているようだ。戦車の航続距離は300km程度らしいから、なるべく遠くまで逃げ出すつもりなんだろうか? 戦車に搭載された通信機で助けを求めるつもりかもしれないが、まだ通信妨害は継続してるんだよな。
「戦車2台に人が溢れてますね。あれだと巨獣に襲ってくれと言っているようなものです」
「なるべく早くに離れたいのじゃろう。巨獣だけでなく、海賊にとっても良い獲物に違いない」
潜砂艦から2両の戦車が1kmも進まぬ内に、イグナッソスの群れが襲い掛かった。
乗っている仲間を戦車砲でなぎ倒して発砲を始めたが、数発も撃たぬうちに巨獣に飲み込まれてしまった。
哀れな最後だ。これで少しは亡くなった仲間達に顔向けができる。
俺達は無言で瓦礫と化した潜砂艦とバラバラになった戦車を眺め続けた。
「これでアレクも満足してくれるだろう」
「そうね。私達にグラスを掲げてくれるに違いないわ」
アレクの意識はまだ戻らない。片足切断、腹が割けて肝臓の半分を失っていたらしい。その上、肺に穴が開いてるんだからな。生きているのが不思議なくらいの重傷だ。
カテリナさんの話では、クローン医療で外形上は元に戻ると言っていたけどこのまま意識が戻らないということも考えなくてはならないのかもしれない。




