091 国王からの認可状
翌日。朝食後にエリーと庭を眺めながらのんびりとコーヒーを頂く。メイドが来客を少し離れて俺達を見ていたヒルダ様に告げている。
直ぐにヒルダ様が紅茶のカップをテーブルに置くと、メイドと一緒に回廊に出て行った。
確か昨日のトリスタンさんの時には、ソファーに座ったままだった。
となると……。
「エリー席を立った方が良さそうだ」
小さく頷いてエリーが席を立ったその時に、リビングの扉が開いて普段着だけどそれなりに威厳を持った男性を伴ってヒルダ様が入って来た。
とりあえず深々とエリーと一緒に頭を下げる。
「そう、かしこまるな。記録上はたまたま通りかかったことになっておる。とはいえ、おもしろい難題を持ってきたな」
ヒルダさんが案内したソファーに腰を下ろしたところで、俺達を手招きしている。その後ろからトリスタンさんが昨日の副官を連れて入って来た。
関係者が揃ったところで、メイドが小さなグラスで運んできたのは柑橘系の蒸留酒のようだ。部屋に良い香りが漂う。
「リオの言うことは極論だな。ワシもそこまでするとは思わんが、トリスタンが青ざめた顔で入っていた時には驚いたぞ」
すでに落としどころを決めたということかな? すっきりした表情で隣のエリーを眺めている。
「一介の騎士団が王国軍を襲うようなことはあってはならん。だが、真相が知れれば12騎士団すら王国軍との共闘を拒むだろうな。巨獣の対策は騎士団の協力あってのもの。それは重々知っておるつもりだ」
「かといって、私達が監察軍を派遣するのも問題です。他の王国にウエリントンの軍部の指揮が低下していると思われかねません」
トリスタンさんの表情は冴えないな。国王とかなりの乖離があるから、解決策を国王はまだ知らせていないということなんだろう。
「それはワシも考えた。かなり発言力が低下するだろうな。そこでリオに相談だ。問題の潜砂艦を誰にも知られずに葬れるか?」
「可能です。ですが噂までは責任を持つことができません」
俺の言葉に、笑顔を見せる。
「それでいい。ヴィオラ騎士団に葬られたとうわさが出るのは良しとしよう。だが、その証拠を残さずにできるか?」
「他の騎士団と同じであればヴィオラ騎士団と断定することは困難でしょう。貴族枠の使用も論外ということでいいですね?」
「だが、それで潜砂艦が葬れるとは思えんのだが……」
「鉱石探査は潜砂艦でも有効でしょう。場所が分かれば爆弾で始末できます。至近弾を受けて地表に姿を現した時には88mm砲で止めを刺せます」
「許可しよう。書類は夕刻までには第二離宮に届けさせる。だが、顛末は聞かせて欲しいところだ」
「正直な話、それで始末できるとは思えんのだ。国王が顛末を聞きたがっているのは後学のためと理解してくれ」
苦労を掛けるな……。と言い残して国王達がリビングを後にした。席を立って見送ると、改めてヒルダさんがコーヒーを俺達に入れてくれた。
「私の記憶では潜砂艦を潜った状態で沈めた例はありません。国王達が顛末を知りたいと言ったのは、そこにどんな工夫をするかということでしょう。それで、勝算はありますの?」
「意外と単純な作戦です。普通の爆弾は先端に起爆装置がありますから、着弾と同時に炸裂してしまいます。もし、爆発をタイマーで制御したらどうなりますか?」
俺の答えをしばらく考えていたけど、やがて急に眼を見開いた。理解したんだろうな。
「そういうことですか。そうなるともう1つ、問題があるんじゃありませんか?」
「爆弾を潰さずに地中に潜り込ませる方法……。これはカテリナさんと試行錯誤でやってみないといけませんが、おおよその見当はついてます」
基本は徹甲弾タイプでいいはずだ。先端を分厚い鋼で覆えば潰れることは無い。問題は高い場所から落とした時にどれほど深く潜りこむかということと、タイマーが衝撃で破損しないことなんだけどね。
ヒルダ様お手製の昼食を頂き、食後はエリーと一緒に庭を散策する。
ここで暮らした長い年月で散策路は体が覚えているようだが、そこで見ることができる光景は初めてなんだろうな。何度も立ち止まって周囲を眺めている。
途中の東屋のベンチに腰を下ろして一服を楽しむ間も、エリーは東屋からの風景をずっと楽しんでいる。
「ここは何度も立ち寄った場所なんです。こんな光景だったんですね」
「カメラを持ってくれば良かったね。次はちゃんと用意しとくよ」
俺の言葉に何度も頷いている。
初めて見る光景だけど、ここがエリーの暮らしてきた場所だからだろうな。
散策から帰ると、ヒルダさんが国王の許可証を渡してくれた。内容を確認すると、問題の潜砂艦の抹殺を国王命で許可した内容だ。この時点であの連中はこの世の人ではなくなったということなんだろうな。
くるくると書状を丸めて懐に入れたところで、ヒルダ様に深々と頭を下げた。
「このくらいは容易いことですわ。それに陛下やトリスタン殿にもメリットがありますからね。きっと報告を心待ちにしてると思いますよ」
「とはいえ準備もありますから、しばらくは掛かると思いますよ。それでは失礼します」
再度エリーと頭を下げたところで、第二離宮前の広場に待機しているアリスに乗り込む。亜空間移動をあまり知られたくないから、空高く飛び上がり王宮から離れた場所でカンザスに移動することにした。
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「これが国王のサインなの。これで王国軍と戦っても御咎めなしということね」
「確かに父陛下のサインじゃな。我も手伝うぞ。国軍の乱れを正すのも我の仕事じゃろう!」
仕事じゃろうって言ってるけど、参加したいだけなんだろうな。
ドミニク達が頷いているから、ここは皆で協力することになるんだろう。
「それで、どんな無理を言ってきたのかしら?」
「騎士団の仕業と分かるのは構わないが、ヴィオラ騎士団と特定されるのは良くない。噂が広がるのは問題なしとのことでした」
冷静なカテリナさんだが、俺の答えを聞いて少し目元が引きつったぞ。
「要するに戦姫を使えないということかしら?」
「戦姫のレールガンを使わねばいいでしょう。使うのは戦機の長砲身50mm砲なら可能です。至近距離なら標準装甲板60mmを撃ち抜けるでしょうからね」
「55mmは軍でしか使わぬか。75mmなら100mmを撃ち抜けるのじゃが」
「潜砂艦の外部装甲は複合装甲の70mmよ。50mm徹甲弾で撃ち抜けるかしら?」
その上に、電磁反力を利用した防砂装置を使うんだよな。標準装甲板100mmに匹敵するんじゃないか?
「正面で撃ち合おうとは思わないよ。向こうだって88mm砲弾を受けたくはないだろうしね。いいかい、潜砂艦の潜航深度は精々30mだ。これが付け目になる……」
円盤機から150kg爆弾を投下して炙りだす。運が良ければ直撃で俺達の復讐は終了になるが、爆弾が地面に潜る深さが分からないから最終的には戦機によるタコ殴りになるだろう。
それまでには爆弾の至近弾を受けて装甲板はガタガタになっているはずだ。
「そういうことね。爆弾は私とベルッドで試作品をいくつか作ってみるわ。その効果を見たところで10発も作れば十分でしょう?」
「タイマー以外にも150kg爆弾をいくつか欲しいですね。50mm砲が効かなければそれで装甲を破壊したいところです」
すでに席を立ったカテリナさんに大声で伝えると片手をひらひら振ってくれたから分かったんだろうな。ちょっと心配になるけど何とかなるだろう。
「至急、円盤機と50mm長砲身砲を集めないといけないわ。マガジンは4発だから1門に付き5個は必要よ。榴弾も混ぜて貰いなさい」
レイドラにドミニクが指示している。
「円盤機はフレイヤに任せるわ。何度か投下練習をしとくのよ」
これで役割は決まったかな。
最後は88mm砲でドミニクが破壊するんだろう。
翌日からアリスと一緒に潜砂艦が潜んでいる場所を特定するために、ヴィオラの襲撃を受けた周囲を飛び回ることになった。
アリスにどうやって探すかを聞いてみたら、高度と速度に注意すればそれほど難しくは無いらしい。
『基本的には重力の特異点を探すことになります。周囲に比べて潜砂艦が潜んでいれば金属量が多くなります。その後でマンガン団塊を探すのと同じ手順で中性子ビームを発射して反射した中性子のスペクトル分析をすれば確定できます』
とは言ってくれたけど、速度は時速50kmだし、高度は30m以下だ。これで走査範囲は50mほどだからかなりの往復を行うことになりそうだな。
毎日のように、収獲無しを皆に報告する。
カテリナさんの方は、地中20mほどまでの貫通爆弾を作り上げたようだ。今は爆撃照準器を手直ししているらしい。
詳しく聞いてみると、高度を600mの高さにまで上げたらしい。現状では限界高度を越えているように思えるけど、円盤機も少し改造してるんだろうな。
探索を開始して6日目の事だった。
『見つけました! この真下です』
急いで座標を確認する。真下の荒れ地は砂と礫が混ざったような土地だ。周囲には巨獣すらいない。
再度確認したところでカンザスに急ぐ。
潜砂艦発見の知らせでカンザス中が大騒ぎになったけど、どちらかというと終わってから騒ぎたいところだ。
「それほど遠くに行ってなかったのね。潜砂艦の地中移動速度は時速2kmと聞いたことがあるから、全速力で逃走しても発見は容易でしょうね。爆弾は貫通型が12発。通常弾が6発よ。いけるかしら?」
「ダメなら再度爆弾を作りましょう。それだけ爆撃すれば直撃を受けずとも無傷では済まないでしょうし」
「作戦は明日の1000時に発動でいいかしら。今夜中に20kmほどに近づくわ。偵察用円盤機を使って監視すれば相手の戦車や自走砲を受けることもないでしょう」
いよいよか。アレクの仇は撃たねばならないし、死んでいった仲間の弔いの煙も必要だろう。
荒野の掟に従って殲滅すればいい。




