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【83】いつのまに仲良くなってる!?






 う~、久々に熱出したなぁ。最近調子よかったのに。


 ベッドに横になりながら心の中で唸る。

 オーウェン達にも心配かけちゃうし、この体もうちょっとどうにかならないもんかな。


「シャノン様タオル交換しますよ~」

「は~い」


 セレスがおでこの濡れタオルを交換してくれる。

 ひんやりだ。

 目を細めているとリュカオンに頬を舐められた。

 リュカオンは今日もずっと一緒にいてくれる。


「リュカオン、外行ったりしてもいいんだよ?」

「ふん、かわいいシャノンが苦しんでいるのに遊びに行ったりするものか」


 パタリと尻尾を振ると、リュカオンはうりうりと頬を擦り寄せてくる。ふわふわだぁ。


「……我のかわいい子、早くよくなれ」 

「ん……」


 リュカオンの毛皮がぴったりと私を包み込む。

 その温もりがあまりにも心地よくて、私はあっさりと眠りに落ちた。








 ―――ん? なんか、手の自由が利かない。

 というか、誰かに握られてる……?


 パチリと目を開け、動かない左手の方を見る。

 そこにいたのは、目の覚めるほどの美青年だった。


「あ、起きた。おはよう姫」

「フィズ……」


 ここ、離宮の私の部屋だよね。 

 きょろきょろと見回すけど、やっぱり自分の部屋だ。

 フィズが私の部屋にいるの、すごく新鮮。


 目をまんまるに見開いていたからフィズにも私の考えていることが分かったのだろう、フフッと微笑む。


「姫のお見舞いに来ちゃった」

「!」


 フィズがお見舞い……。


「しごとは、大丈夫なの?」


 あ、ちょっと声が出しづらい。

 

「第一声がそれかぁ。大丈夫だよ。キリのいいところまで終わらせてきたから」


 苦笑して私の頭を撫でるフィズ。


「病人のシャノンに心配をかけるとは甲斐性のない男だ」


 ふん、と私の右側に寝そべっているリュカオンが言う。


「リュカオン、こら」


 がんばってるフィズにそんなこと言わないの。

 リュカオンってば、ちょっとフィズに手厳しいんだよね。


「ふん」

「あはは、手厳しい舅だなぁ」


 リュカオンの嫌味もフィズはどこ吹く風だ。


「リュカオン、かぞくは、なかよく」

「!!」


 そう言うと、リュカオンは衝撃を受けたような顔をした。全身の毛も一瞬ぼさっと逆立つ。


「我が……この食えない男と家族……」

「ふふ、仲良くしましょうねお義父様」


 私の左手を握ったままフィズがリュカオンに微笑みかける。

 そういえば、フィズはどうして私の手を握ってるんだろう。

 じっ……と繋がれている手を見詰めていると、フィズがそれに気付いた。


「ああ、これ? 姫が魘されてたから手を握ってたんだけど……」

「寝ぼけたシャノンがそのまま離さなかったのだ」


 生温かい瞳をしてリュカオンがそう言う。


「……ごめん」


 私のせいか。

 熱が出てて人肌恋しくなっちゃったんだろうな。


「謝ることないよ。姫はまだ十四歳だし、熱の時に心細くなるのは仕方ないしね」


 私の手から逃れたフィズの大きな手が私の頭を撫でる。

 熱があるせいか、フィズの手が心なしかひんやりとしていて気持ちいい。


「うわっ、頭ちっちゃっ! こんなの一握りじゃん!」

「おい戦闘狂、うちの子の頭を触って物騒な発言をするのは止めてもらおうか」


 ……何が一握りなんだろう。怖いから聞かないでおこう。

 フィズは私の小さな頭がお気に召したのか、そのままうりうりと優しく撫でくり回す。うん、まあ頭を撫でられて悪い気はしない。


「姫、気分はどう?」

「いいかんじ」

「よかった。顔色もさっきよりよくなってるね」


 よく寝たおかげか、熱がある割に体調は大分よかった。


「水飲む?」

「うん」

「じゃあちょっと体起こそうか」


 フィズが私の背中に手を差し込み、体を起こしてくれる。するとリュカオンがすかさず移動して背もたれになってくれる。


「はい姫、しっかり水分摂るんだよ~」

「あい」


 コップに水を注いで手渡してくるフィズ。

 すぐさまコクコクと水を飲み干す。

 あ~、水分が体に沁みわたる~。


「果物も剥いておいたんだけど食べられる?」

「……フィズが自分でむいたの?」

「うん、刃物の扱いは得意だからね」

「言葉の端々が血生臭いのはどうにかならんのか」


 ニッコリと笑うフィズにジト目のリュカオンがツッコミを入れた。


 ―――ああ、なんかいいなぁ。こういう、遠慮というか、壁がない感じ……。


 ウラノスにいた頃もアリアやラナ、他の使用人達は優しかったし、普通の主従関係ではありえない程仲も良かった。

 だけどやっぱり『家族』と呼ぶにはどこか遠慮があり、一枚壁のある関係だった。だからこそ、私の旦那様と第二の父であるリュカオンが遠慮なく接している様子を見ると嬉しくなる。


「はい姫あ~ん」

「あ~ん」


 フィズが一口サイズに切り分けてくれたメロンをフォークで私の口元まで運んでくれた。

 あま~い。

 その蕩けるような甘さに思わずうっとりと目を閉じる。


「わぁかわい~」

「シャノンが愛らしいのは当たり前だろう。シャノン、もう一口食べさせてもらえ」

「喜んで~」


 嬉々として私の口にメロンを運び込むフィズ。

 私はただ雛鳥のように口をパカンと開いて待っているだけだ。

 口をパカッと開き、もぐもぐ、パカッと開き、もぐもぐ。それを五回程繰り返すと大分満腹になった。胃が小さくなってるんだろう。


「おなかいっぱい」

「そうかそうか、シャノンはいっぱい食べられて偉いな」


 鼻先で私の頬を撫でるリュカオン。

 甘やかしすぎだよ。




 満腹感が落ち着くと、眠気を感じたので再び横になった。

 うとうとしているとフィズに頭を撫でられる。


「おねむだねぇ」

「まだ熱があるからな。ほら、お眠り」


 リュカオンも尻尾を私のお腹の上に乗せ、ポンポンとお腹を優しく叩く。



「―――おやすみ、姫」



 フィズの優しい声音に誘われ、私は再び眠りについた。





***






 数分もしないうちにシャノンの呼吸が穏やかな寝息に変わる。


「あ、もう寝ちゃった。か~わい~」

「起こすなよ。あとシャノンが可愛いのは当たり前だ」

「もちろん」


 フィズはシャノンの頭を撫でていた手を止め、そっとシャノンの頭から離す。

 ほんの少しだけ口を開いて寝ているシャノンの頬はほんのりと赤いものの、その寝顔は穏やかだ。


「これならすぐに回復しそうですね」


 心の底から安心したようにフィズの表情が緩められる。


「……じゃあ、俺はそろそろ戻ります」

「もう帰るのか」

「はい、起きてる姫にも会えましたから」


 そう言ってフィズはベッドサイドに置いてある椅子から立ち上がる。


「……ところで、そなたはまだシャノンを名前で呼ばぬのか?」

「はい」


 リュカオンの問い掛けにフィズは涼しい顔で答える。


「シャノンは名前で呼んで欲しがっていると思うが」

「それでも、ですよ。一番大変な時に傍にいなかったのに、急に身内面して呼び捨てできるほど俺は厚顔無恥じゃないですから」


 ニッコリと笑い、フィズは言い切る。

 そんなフィズにリュカオンはハァ、と溜息を吐いた。


「そなた、何も気にしなさそうに見えて意外と難儀な男だのう」

「姫限定ですよ。家族になったことですし、親睦を深める気はありますけどね。もう堂々と会ったってなんの問題もないわけですし。義父様も仲良くしてくださいね」

「誰がお義父様だ」


 苛ついたように尻尾を一度布団に叩きつける。


「にしても、そなたに敬語を使われると気味が悪いな。話し方を改めろ」

「……それはもっと親し気に話そうってこと? あはは、神獣様ってばツンデレだな~」


 ニコニコと微笑みながら早速話し方を変えるフィズ。そしてそんなフィズを睨み付けるリュカオン。

 どうやらフィズの遠慮はシャノンにのみ発揮されるようだ。


「シャノンが仲良くしろというから歩み寄ってやったのに調子に乗りおって……」

「あはは。じゃあ、また来るね神獣様」


 もう一度シャノンの寝顔を見ると、フィズはひらりと手を振って去って行った。





***



 次の日。


 私の体調はすっかり回復した。


「あ、姫おはよう。もう熱下がったんだってね」

「おはようフィズ」


 フィズは今日も様子を見に来てくれたようだ。

 朝から笑顔が眩しい。


「あ、神獣様もおはよ~」

「うむ」


 ……ん?

 なんか、二人の距離感が近い……?


「朝食、俺もこっちで食べてもいい?」

「そなたの分は用意されてないから却下だ。そういうことは事前に言っておけ」


 いつの間にか、仲良くなってる……?


 あ、そっか、フィズがリュカオンにタメ口になったんだ。

 昨日私が寝てる間に二人でお話でもしたのかな。二人が仲良くなってくれたなら私も嬉しい。

 向かい合って話をする二人の様子を見詰める。


「……」


 そっと、私は二人の間に入り込んだ。


「シャノン?」

「姫?」


 二人の声が揃う。


「……二人が仲良しになるのは嬉しいけど、私も仲間に入れてほしい」


 仲の良さそうなリュカオンとフィズを見てちょっとだけ寂しくなっちゃったシャノンちゃんです。無意識に頬も膨らむってもんよ。

 むぅ。


「……?」


 なんか静かだなと思ったら、二人が揃って天を仰いでた。


「……どしたの」

「姫、姫はかわいいね」

「ああ、シャノンは世界一かわいい」


 真顔でそう言う二人に私は少しだけたじろぐ。


「あ、ありがとう」



 よく分からないけど、褒め言葉は素直に受け取っておく主義のシャノンちゃんです。




 






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