【8】結婚式雑じゃない?
髪の毛のセットが終わると分厚いベールを被せられた。
いやもうこれ絶対ベールじゃないね。布だよ布。
絶対私の顔見えないだろうし、私からも周りが見えない。試着室のカーテンに採用してもいいくらいの不透過性。
離宮どころか部屋を出る前にそんなものを被せられた私の足元は、案の定おぼつかなかった。
「わっ」
「あいてっ」
「あたっ」
移動中に躓きまくる私に侍女達がイラつくのが分かる。
いや、気持ちは分かるけどこれは無理じゃない? だって目隠しされて歩いてるのと一緒だよ?
「ねぇねぇ、控室に着くまでこのベールとっちゃダメ?」
私の口調に侍女達がギョッとするのを感じる。
あ、猫被るの忘れちゃった。
まあいっか、向こうだって仮にも他国の王族に対する態度じゃないし。
「ベールは離宮を出る前に着けるようにとのお達しです。歩きづらいようならそちらの狼に乗って移動してくださいませ」
「あ、そっか」
確かにその手があったね。
私は少し後ろをついて来ていたリュカオンを手招きした。
「リュカオン、この格好だと前が見えないから乗せてもらってもいい?」
「構わん」
リュカオンはスイッと私をすくい上げ、背中の上に乗せてくれた。ドレスの分重くなってると思うのに文句一つ漏らさない。
人間よりもリュカオンの方が断然優しいね。
リュカオンに乗りながら移動する。
そういえばどこに向かってるのかも知らされてないや。
式の流れも知らないけど、まあなんとかなるよね!
そして、人目を避けて私達は控え室に辿り着いた。
ベールをどかそうとすると怒られるので相変わらず周りは見えない。控室の内装も分からず仕舞いだ。
「陛下が姫様の手をお引きになりますのでそれについて行ってくださいまし。姫様がされることはなにもありません。ただいて下されば式は滞りなく行われますので」
「は~い」
「……」
私の呑気な返事に「大丈夫かなこの人……」と思っているような気配が伝わってくる。
大丈夫大丈夫、ただいるだけでしょ? それくらい私にもできまっせ。……と、言いたいところだけどちょっと不安かもしれない。
冬の、しかも雪が降っているくらい寒い日にドレスという薄着でうろついたため体調が悪化してきた気配がするのだ。せっかく回復してきたところだったのに。
さすがに上着は羽織っているけど、それも見栄えが悪くならない程度の上着なので保温性には欠ける。
「姫様、お式が始まります」
その声と供にスルリと上着が剥ぎ取られる。
さむっ!!
あれね、ドレスはかわいいけど機能性に欠けるね。こんな冬の日に着るものじゃないわ。肩も腕も出てるし。
「契約獣様はここでお待ちください」
どうやらリュカオンは連れて行けないようだ。
「リュカオン大人しく待っててね」
「おい我を誰だと思ってる。シャノンこそ何かあったらすぐに我を呼ぶのだぞ」
「分かった」
リュカオンとの話が終わると同時に「陛下がおいでになりました」という声がする。
どうやら私の旦那様がおいでなすったらしい。
まあ、この分厚過ぎるベールのおかげで顔も見えないんだけど。陛下が来てもベールをずらすなってさっきしつこく言われたからね。
それはもう、出来の悪い犬に教えるがごときしつこさだった。あんだけ言われたらさすがの私も理解できるよ。ちらり。
ガシッ!!
ベールをずらそうとしたらその手首をガシッと掴まれた。
「ひ、め、さ、ま……?」
「……ごめんなさい」
私は出来の悪い犬よりも出来が悪かったみたいです。
あと侍女さんの反射神経舐めてました。
今のやり取りは陛下も見てただろうけど一体どんな顔して見てるんだろう。
ほらほら、お宅の侍女が仮にもお姫様に粗相してますけど!?
だけど、この国の人はどこまでも私に厳しいらしく、陛下は何の反応も示さなかった。
死にかける前の私だったらもう大泣きしてたねこんな状況。
すると、侍女の手から解放された私の小ぶりな手に大きな手が重ねられた。きっと陛下の手だろう。
わぁ、陛下の手あったか~い。
寒いし、陛下の手でちょっとでも暖をとらせてもらおう。
陛下の手をにぎにぎしたら若干周りがザワッとしたけど式が開始する時間になったから注意されずに済んだ。
結婚式では、私はほんとに立ってるだけでよかった。
誓いの言葉も頷くだけだったし、誓いの口づけもない。
ただ、時間が経つにつれてどんどん体調は悪くなっていったけどギリギリ倒れる前に式は終わってくれた。
陛下も私の異変に気付いてくれたのか、最後はこっそりと私を抱き上げる形で退場してくれた。この国にきて初めて人の優しさを感じた気がするよ。結局一言も言葉は交わしてくれなかったけど。
旦那様の人となりを何一つ分からないまま、私は既婚者になったのだった。
それにしてもなんて雑な結婚式なんだろう。乙女の夢ぶち壊しだ。責任とって結婚してほしい。あ、もう結婚したんだったあはは。
……やばい。本格的に具合が悪くて思考がおかしい。
陛下にほぼ全体重を預ける形で控室に戻る。
「! シャノン!」
控室に入るや否やリュカオンが駆け寄ってきて私を支えてくれる。
「よく頑張ったなシャノン。早く部屋に戻ろう」
「うん……」
リュカオンの背中にもたれ掛かるように乗り上げる。
「おいそこの男、シャノンは連れ帰って問題ないな?」
そこの男ってもしかして陛下のことだろうか。リュカオンも中々言うね。
陛下とアイコンタクトかなにかしたのかリュカオンは歩きだした。
……わかってたけど、やっぱり陛下ついてきてくれないんだ……。
リュカオンの背中で揺られながらそんなことを思う。ついてこないどころか心配の言葉もなかったな。まあ、敵国の姫の扱いなんてそんなものなのかもしれない。
だけど顔も知らず言葉も交わしたことがない、そんな相手と家族になったことが私には信じられなかった。
***
離宮に戻り、何とか自分でドレスを脱いで寝巻に着替える。そしてベッドに横たわった。
シーツが冷たい。熱が上がってるんだろう。
布団でしっかりと自分の体を覆うと、リュカオンが自分からベッドに乗ってきてくれた。そして自分の毛皮で私を包んでくれる。
「リュカオン、おとうさまみたい……」
「……我はシャノンのお父様よりも遥かに年上だ。我の極上の毛皮で温めてやるから一先ず寝なさい。もう限界だろう」
「は~い」
素直に目を瞑る。
すると、私はスコンと眠りに落ちた。
―――寝ている間、誰かの話し声がしてた気がするけど、多分気のせいだよね……?





