【19】やたらと顔のいい青年に出会った
やっと馬車から下りられた私は膝に手をつき、外の冷たい空気を深く吸い込む。
動かない地面、万歳。
でも、新しい経験をして私は一つ大人になった気がした。心なしか色気も出てきた気がする。うっふん。
もう辺りは薄暗く、少し物寂しい雰囲気だけど私の心はまだまだ元気だ。
「お嬢様、明日の馬車の予約をしてきますので少々お待ちください」
「分かった」
そう言ってセレスが馬車の停留所の側にあった小屋に歩いていった。小さすぎて何人も入れる感じではない。私とリュカオンもいたら邪魔になりそうなくらい狭い木造の小屋だ。
少しリュカオンと話したくなったので、私は人のいない森側に歩いて行く。するとリュカオンも何も言わずについてきてくれる。
周りに人がいないところまで来て、そこにあったボロっちいベンチに座る。するとリュカオンから私に話し掛けてきた。
「シャノン、辛くはないか?」
「ん? 初めての旅で興奮してるからかまだまだ元気だよ。熱が出る気配もないし」
「いや、体もそうだが今の状況が、だ」
なるほど、リュカオンは使用人もいない、皇妃とも信じてもらえないで慣れない旅をする私の状況を言っているらしい。
私がふわふわの頭を一撫ですると、リュカオンが言った。
「シャノンは、この国を憎く思ったりはしないのか? 我がいるのだから、力ずくでこの状況を打破しようとか……」
「ふふ、じゃあ私がこの国を滅ぼしてっていったらリュカオンはそうしてくれるの?」
「……自分で言っておいてなんだが、さすがの我でもこの帝国はきつい。名前に神とはついているが我らは神そのものではないからな。神聖王国の特別な契約獣という意味での神獣なのだ」
「あ、そうだったんだ」
意外なところで神獣の名前の由来が聞けちゃった。
空を見上げると大分暗くなってきた。もう薄っすらとだけどたくさんの星が見え始めている。
「まあ、できるできないは置いておいても、この国はもう私の国でもあるから滅ぼされちゃったら困るよ。リュカオンも私がそんなことを言わないのは分かってるでしょ?」
「ああ、我はシャノンの王族としての心意気は買っているからな」
そうは言いつつもホッとしたのが尻尾に表れている。もし私がリュカオンの力を借りてこの国に復讐しようとか考えたらどうしようとかチラッと考えちゃったのかもしれない。そんなこと今の今まで考えてもみなかったけど。
ただ、死にかける前の私だったら、国民一人一人が違う考えを持った人間だということも忘れて国ごと憎んじゃってたかもしれない。今となっては分からないけど。
だけど、死にかけて考えが変わった私は違う。
リュカオンはもし私がそんな考えをしていたら正そうとしてくれたのかもしれない。ふふふ、本当に親みたいだね。
「―――それに、私はおバカかもしれないけどリュカオンにそんなことを頼むほど無神経ではないつもりだよ」
リュカオンは何も言わないけど、神聖王国が滅んだことには色々と思うところがありそうだなというのは分かる。だって、その単語が出るとたまに寂しそうにしてるんだもん。
「私に嫌なことをした人をリュカオンに頼んで報復してもらうのも嫌だよ。王族として、それが違うのは分かってる。でも、ペンダントを盗んだ人とかはこの国の法に則って裁いてもらうつもりだよ。こっちのことが落ち着いたら、リュカオンも犯人捜し手伝ってね」
「……任せておけ、我は鼻が利くからな」
「ふふふふ」
ぴくぴくと長い鼻をひくつかせるリュカオンがかわいい。
庶民の家なら使用人がいないのは普通らしいし、私も生活力を手に入れれば使用人がいなくても生活できる気がする。帰ったらもうちょっと料理を頑張ってみようかな。
それに、魔獣に囲まれた時のことを思えば今の生活は何てことない。日々、あんなに怖い魔獣と戦ってくれてる人がいるんだもん。
「さて、そろそろ戻ろうか」
そう言って立ち上がった時、積もった雪に足をとられて私は倒れそうになった。
「わっ!」
目の前は傾斜になっているので、このまま転んだら転がり落ちちゃう―――
「―――おっと、危ない」
顔面から雪にダイブしそうになった時、私のお腹に力強い腕が回された。
「大丈夫? お嬢さん」
「あ、はい……」
そして私は自分を支えてくれた人の顔を見上げ……固まった。
なぜなら、その人がとんでもない美形だったからだ。
周囲の闇に溶け込みそうな漆黒の艶やかな髪が少し目にかかっている。お手本のような微笑みを浮かべる青年は、そのままひょいっと私を抱き上げた。お子様抱っこってやつだ。
「足元が悪いから馬車の停留所まで送るよ。周りも暗いし」
「え、でも……」
「いいからいいから。僕もそっちに向かうところだし」
そう言って青年は私を抱っこしたまま歩きだす。この人が近付いてきたのは全然気付かなかったけど、いつの間に傍に来てたんだろう。
ただそれよりも、私は青年の顔に興味津々だった。
磁器のようにスベスベな肌をぺたぺたと触る。
「お兄さんすごくきれいな顔してますね。どうしたらこんなきれいな顔になれますか?」
「遺伝かな、兄も同じような顔してるし。でも君もとてもかわいい顔してるよ」
「そうですか? ありがとうございます」
こんなきれいな人に褒められるのは光栄だ。素直にお礼を言っておく。
「にしても、君はもうちょっと人を警戒した方がいいかもね。もし僕が誘拐犯だったらすごくスムーズに君を誘拐できちゃってるよ?」
「お兄さんは誘拐犯なんです?」
「いや、違うけど」
「じゃあ大丈夫です。それに、もし私に危険があるようならその子が吠えると思いますし」
そう言うと、お兄さんは後ろからついてきているリュカオンに視線を落とした。リュカオンは吠えるどころか、呆れた目でお兄さんを見ている。
「お兄さん、この子と知り合いなんですか?」
「さあ? でも、君達は服装からして帝都の方から来たんだろう? 僕もこう見えてそこそこ偉い人だから、もしかしたら王城付近で会ったことがあるのかもしれないね」
そうなのかな?
というか、こう見えてどころかその顔面のおかげで高貴な人にしか見えませんけどね。王冠がよく似合う顔だ。
まだ顔も知らない自分の旦那様がこんな顔だったらと夢が広がる。
そして、お兄さんは馬車の停留所まで来ると私を下ろしてくれた。
「ところで、君達はどこに行く予定なんだい?」
「え~っと、確かリーリフ地方です」
セレスの故郷は確かそんな名前だった。
「そうなんだ。じゃあ今日はこの街に泊まって明日からまた馬車?」
「はい」
「じゃあ丁度よかった。これ、馬車の貸し切りチケットだけどよかったら使って?」
そう言ってお兄さんはしっかりとした紙が使われているチケットを私に手渡す。
「いいんですか?」
「ああ、調子に乗って余計に馬車を手配しちゃってね」
「ほぇ」
このお兄さん、かなりリッチだ。
「あと、宿も余計にとっちゃったからよかったらここに泊まって。宿の主人にはこの手紙を渡せば伝わるから。あ、僕のミスだからお代はいらないよ?」
おお、怒涛の親切だ。帝国人の親切心をぎゅっと集めたらこの人になるんじゃないかな。でも、さすがにあやしい気がする。
この話に乗っていいものかと、私はちらりとリュカオンを見た。すると、リュカオンは呆れた顔をしつつもコクリと頷く。少しも迷う様子がない辺り、本当に信用しても大丈夫な人なんだろう。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます。ありがとうございます……えっと、お兄さんのお名前を聞いてもいいですか?」
「う~ん、そうだね、僕の名前はフィズだよ」
「ありがとうございますフィズさん」
「フィズ」
「?」
ん? 私ちゃんとフィズさんって言ったよね? 滑舌が悪かったのかな。
「ありがとうございますフィズさん」
「フィズ」
「……ありがとうございますフィズ?」
「うんうん」
どうやら呼び捨てがよかったみたいだ。
身分が対等な人同士は目上の人をさん付けするって聞いていたけれど、そんなことないのかな? それともフィズが変わってるだけ?
世間知らずな私には、どっちなのか判断できなかった。





