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【16】私もついて行く!






 自分を雇うのは止めておいた方がいいと言うと、侍女さんはベンチから立ち上がった。


「では、私は乗合の馬車がなくならないうちに失礼します」

「……ま、待って。…………私も一緒に故郷に伺ってもいい?」


 わぁ、何言ってるんだろう。

 私の正体を知らない侍女さんからしたら意味の分からない申し出だよね。

 だけど、この侍女さんの話が本当だとしたら私は皇妃として侍女さんのお兄さん達の怪我を放っておくことはできない。

 なぜなら、これからの私の生活はこの国の民によって成り立つことになるのだから。

 お兄さん達に帝都まで来てもらうことはできないし、今ここで侍女さんと別れたらもう一度会うのは困難な気がする。


 だけど、案の定侍女さんは困ったような顔で私を見た。


「お嬢様、私の故郷はとても遠いのです。それに、何も言わずにいなくなってしまってはお家の方がご心配されますよ?」

「お家の人はいないから大丈夫。私を心配する人もいないし」


 この国にはね。

 あえて誤解を生むような私の返答に、侍女さんはまたまた困ったような顔をした。


「では、依頼という形だったら? 侍女さんの故郷に同行させてくれたら依頼料を払うということでどうでしょう」

「……ですが……」

「侍女さんが私を誘拐したなどという疑いをかけられないように念書も書きます! とりあえず前金としてこちらを受け取ってください」


 私は侍女さんに半ば無理矢理、お財布から出した金貨を握らせた。手の平の中を見た侍女さんの目が大きく見開かれる。


「前金でこれは多いのでは……」

「いいのいいの!」


 私に前金の相場は分からないけど、侍女さんの反応からして多かったらしい。だけど、お兄さんの慰謝料にしたら安いものだし。話の感じだと正当な慰謝料を受け取ってなさそうだから問題ない。後で元凶から回収するし。

 お金は祖国の侍女が私を心配してたくさん持たせてくれたし、巾着に入りきらなかった分はリュカオンに頼み魔法で仕舞っておいてもらってるから盗まれる心配もなくす心配もない。


 やはりお金は必要だったからか、侍女さんは私の提案を呑むことにしてくれたようだ。


「分かりました。ですが、念書の方はよろしくお願いいたします」

「もちろん。念書を書くから名前を教えてもらってもいい?」

「はい、私はセレスと申します。お嬢様の名前もお聞きしてよろしいでしょうか」

「うん、私は……シャ……シャルだよ!」


 危ない危ない、普通にシャノンって言いそうになっちゃった。一応偽名を使った方がいいよね。

 シャル……私はシャル……よし、インプットできた。


 セレスさんが念書を書くための紙とペンを荷物の中から探している時、リュカオンがこっそりと私に話し掛けてきた。


「シャノン、我は一瞬離宮に戻ってくる」

「え? 何しにいくの?」

「シャノンの着替えや食料を持ってくる。あと、少し出かけてくるという旨の書置きをな」


 他になにか必要なものはあるか? と聞かれたけど特に思いつかなかった。


 でも、書置きって必要かな? どうせ誰も私の様子なんて見に来ないと思うけど。


 それだけ言うと、リュカオンは一旦離宮に戻っていった。



「あら? 聖獣様はいかがされましたか?」

「荷物を取りに行ってくれたみたいです」


 私という足手纏いがいないからか、リュカオンはすぐに戻ってきた。念書が書き終わるのとほぼ同時だ。いくらなんでも早すぎるね。

 荷物は魔法で亜空間に収納されているのでリュカオンの見た目はさっきと何も変わっていない。

 荷物を亜空間に仕舞う魔法はそこまで珍しいものでもないのでセレスさんに見られても問題ない。ただリュカオンの魔法は普通のに比べて容量が規格外だけど。まあ容量は見ても分かんないからね。


 セレスさんに本名がバレちゃうから念書にはシャルという名前を使ったけど、万が一のことを考えて魔法を使って確認するとシャノンという名前が浮き出るようにしておいた。

 私は念書をセレスさんに渡す。


「ありがとうございます。荷物を片付けるので少々お待ちください」

「はい」


 私はセレスさんから離れ、こっそりとリュカオンに話し掛けた。


「リュカオン、一応確認だけどセレスさんの話は嘘じゃないよね?」

「ああ、嘘を吐いているような感じはしなかったな。それに、その格好のシャノンは力のある貴族には見えんし、わざわざ嘘を吐くメリットもないだろう

「だよね」

「まあ、万が一騙されたと分かったらわれが離宮まで転移してやる。一度行ったことのある場所なら転移できるからな。少々疲れるが」

「ありがとうリュカオン。……置いてかれたら泣いちゃうからね?」


 自分で選んだとはいえ、転移で置いて行かれるのは少々トラウマだ。夢でみたらリュカオンの毛皮を洗濯したくらいべちょべちょにしちゃうね。

 リュカオンも、私のトラウマを察してくれたようだ。


「……分かっている。我がシャノンを置いてくはずがないであろう。バカな子ほどかわいいというのは本当らしいからな」


 スリッとリュカオンの鼻が私の頬を撫でる。

 リュカオンに好かれるなら私、ちょっとだけおバカさんでよかったよ。


「……ところでシャノン、この侍女の故郷は少々遠いようだが移動に耐えられるか? 馬車もシャノンが途中まで乗ってきたものより格段に乗り心地は悪いぞ?」

「……がんばる、ね」


 なるほど、ついて行くことを拒否されることは考えてたけど、私が目的地にたどり着けないことは考えてなかった。目から鱗だね。


 まあ、決めた以上は意地でもついて行くしかない。


 最悪リュカオンに引きずって連れて行ってもらおう。脱力するのは得意です。


 そこでセレスさんに声を掛けられた。


「お嬢様、お待たせいたしました」

「あ、セレスさんお疲れ様。私がペンと紙を借りちゃったのに片付け手伝わなくてすみません」

「いえ、お気になさらず。……お嬢様、私は今お嬢様に雇われている身です。どうかセレスとお呼びください。あと敬語もいりません。侍女……元侍女として主にさん付けされると少々居心地が悪いのです」

「分かった。セレス、これからちょっとだけ私の我儘に付き合ってね。報酬は弾むから!」

「うふふ、期待させていただきます」


 ちょっとは信用のできる小娘だと思ってくれたのか、セレスは少しだけ軽口を叩いてくれた。





 


 




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