亜人連邦と人々の未来
大講堂を出た俺達を待っていたのは、離陸準備をしている飛空艇だ。
式での発表の後、俺はその足でアインアッカへと戻る予定なのだ。
「種馬さま……自分達は、ここで」
「後のことはまかせて」
オルタンシアとセレンが、俺を見送ってくれる。
「悪いな二人とも。面倒なことを押し付ける」
「かまわない。これがあたしの仕事だから」
「自分も、女王さまと一緒に……上手くやりますから」
「ああ。頼む」
飛空艇のハッチが開くと、中からメイド服をきっちり着こなしたルーチェが顔を覗かせる。
「そろそろ時間だよ」
まったく。世界の英雄ともなると、まさに秒刻みのスケジュールだな。
一時の別れを惜しむ時間もないとは。
「気を付けて。あたし達は、愛する夫の帰りを待ってる」
「いってらっしゃいませ……種馬さま」
セレンとオルタンシアが、俺の頬に口づけをする。
わお。二人の美少女から両頬にキスされる男が、この世界に何人いるだろうか。
「行ってくる」
たいへん名残惜しく、後ろ髪を引かれる思いで、俺は飛空艇に乗り込んだ。
手を振るセレンとオルタンシアの姿は、閉じたハッチで見えなくなる。
「シーラさん。出してください」
「はっ」
ルーチェがパイロットのシーラに指示すると、飛空艇は速やかに離陸した。今となっては、ルーチェは俺のスケジュールを管理する秘書的な立場である。
てか、シーラがパイロットなのかよ。さすがなんでもできるアルバレス守護隊。飛空艇の操縦もお手のものか。
周りを飛んでる護衛機も、守護隊の皆が乗ってるんだろうな。
「発表は上手くいった?」
飛行が安定してくると、ルーチェが水のボトルを寄こしながらからかうような笑みを見せた。
「意外と緊張した。慣れてると思ってたんだけどな、こういうの」
「あはは。世界のお偉いさんが勢ぞろいだもんね。私だったら固まっちゃってたかも。セレン殿下は心配ないけど、オルタンシアさんは大丈夫だった?」
「オルたそはああ見えて、なかなか肝が据わってるからな。まぁガチガチだったけど」
「やっぱり」
飛空艇はぐんぐん高度を上げ、速度を増していった。
アヴェントゥラから亜人連邦までは、数時間といったところだろう。すこしはゆっくりできるかな。
しばらくは、ルーチェと二人で快適な空の旅と洒落こむか。
「ねぇロートスくん。これ、アカネさまから」
リラックスしようと思っていたところに渡されたのは、封蝋を施された綺麗な封筒だった。
「アカネから? 手紙?」
「うん」
「なんだろ」
俺は手紙を受け取り、封を切る。
一枚の便箋には、丁寧な日本語でメッセージが書かれていた。
『親愛なるロートスへ。おぬしがこの手紙を読んでいる頃には、わらわはもうこの世界にはおらぬじゃろう』
え、どういうことだ。
『世界があるべき姿を取り戻したとはいえ、まだまだ不安定なところもある。神を挿げ替えたのじゃから、それも当然と言えよう。わらわはしばらく〈座〉に向かう。〈君主〉どもに教えを乞うのは癪じゃが、背に腹は代えられん。神としての心得を学んでくるつもりじゃ。わらわ達はひよっこ女神じゃからのう。そういう役割も必要じゃて』
まじかアカネ。
言ってくれれば俺も一緒に行ったのに。
『おぬしのことじゃから、言ってくれれば一緒に行った、とか抜かすじゃろう。じゃがおぬしにはおぬしのやるべき仕事がある。履き違えてはならん』
はは。なんでもお見通しだな。
『そういうわけじゃ。しばらく会えんが、腑抜けたりしたら承知せんからな。精々世界のために気張ることじゃ。それと、皆を大切にせぇ』
ああ、わかってるさ。
『これでしばしお別れじゃ。〈座〉で見守っておる。我が最愛の男へ、アカネより』
俺は、最後の一行に目を落とす。
『追伸――約束、破っちゃってごめんね』
何を言ってんだ。
こうして手紙を残してくれた。〈座〉から見守ってくれるとも伝えてくれた。
姿は見えずとも、お前はいつでも俺の傍にいてくれてるよ。
「寂しくなるな」
得も言われぬ寂寥感に苛まれ、俺は思わず窓の外を見る。
青々とした空には、大小の白い雲が泳いでいた。
「アカネさまもお辛かったはずだよ。ロートスくんの顔を見たり、声を聞いたりしたら、決心が揺らぐからって、私にお手紙を託されて」
アカネ。その気持ちは痛いほどわかる。
「なに。二度と会えないわけじゃない。会えない時間にも、きっと意味がある」
「うん、そうだね」
ルーチェはにこりと微笑んで、向かいの席から俺の隣に移った。
「じゃあ今のうちに、ロートスくんを独り占めしておこっかな」
「お。なんだ積極的だな」
「だって、みんながいると遠慮しちゃうんだもん。あんまりぐいぐい行ってるとこ見られるのもなんだか恥ずかしいし……」
「恥じらいを持つのはいいことだ」
「もうっ」
ルーチェはいつも周りをよく見ている。その上で、自分の役回りや立ち位置を把握して上手く場を整えてくれる。反面、周囲に気を遣ってあまり自分を出せない気質でもある。
だから二人きりの時くらいは、ルーチェの思うがままを受け入れたいと思う。
ルーチェと口づけをかわし、メイド服の中に手を滑り込ませる。
「ん……」
艇内の密室で汗ばんだ肌が、やけに艶めかしかった。
気を利かせてくれてのか、シーラは操縦席から姿を消していた。
ありがたいけど、操縦は大丈夫なのだろうか。
ま、大丈夫だろ。
ひとしきり愛し合った後。
服を整え、キャビンでルーチェと寄り添っていると、
「まもなくアインアッカです」
操縦席からシーラの声。
おや、いつの間に戻ってきたのか。
俺に気取られずに消えたり現れたり、神出鬼没が極まっている。
それはともかく。窓から下をのぞき込むと、復興中の都市が目に入った。飛空艇は徐々に高度を落とし、アインアッカの街に着陸。
「行こっか」
「ああ」
ルーチェははにかんだ笑みを浮かべ、名残惜しそうに俺から身を離す。
「よっと」
飛空艇のハッチを開けると、十数の亜人達がお出迎えをしてくれた。
現れたのが亜人達の王であり、史上最高の大英雄であるがゆえに、皆が俺を見て歓迎の声をあげる。本心からの歓声は飛空艇のエンジン音をかき消すほどだった。
「ロートスぅーっ!」
中でもとりわけ嬉しそうだったのは、猛スピードで駆け寄ってきたウィッキーだった。ネコミミをぴんと立て、無邪気に破顔している。
俺は飛び込んできたウィッキーを真正面から抱きとめ、その豊満な胸に顔をうずめた。
「やっと来たっすねー! めちゃ待ったっすよー!」
ウィッキーを抱っこしたままぐるぐると回って勢いを逃がしてから、ニットに覆われた胸から顔を外す。
「ウィッキー。お前、本部で待ってるって言ってなかったか?」
「とうぜん待ちきれずに来ちゃったっすよ。本部にはサラがいるから平気っす」
「お前な……妹に押し付けるなよ」
「じゃんけんでウチが勝ったんっすー」
まったく、実にかわいいやつだ。
ウィッキーは俺にしがみついたまま、くんくんと首筋を嗅ぐ。
「むむ。なんだかえっちな匂いがするっすねー」
ニヤニヤとルーチェを見るウィッキー。ルーチェはそっぽを向き、赤くなった顔に手で風を送っていた。
「いいから。ほらいくぞ。仕事だ仕事」
「もー。誤魔化さなくたっていいっすよー」
今更だけど、俺だってなんか恥ずかしいって。
「じゃ、行くっすか。本部までは車っす」
そういうわけで、俺達はウィッキーが運転する大型車に乗り換えることとなった。
ちなみに、ここはアインアッカに新設された飛行場である。
ファルトゥールによって一時は壊滅状態に陥った街は、マッサ・ニャラブとグランオーリスの支援を受けながら急速に復興を進めている。この飛行場を基点に、復興のための物資や人員が行き交っているというわけだ。
広い敷地の中で、多くの人や乗り物がせわしなく動き回っている。
「不思議っすか?」
後部座席で復興活動の様子を興味深く見ていたルーチェに、ウィッキーが声をかけた。
「うん、そうだね。人間と亜人が仲良くしてるって、ロートスくんと一緒にいると当たり前に思えるけど……本当にすごいことだから」
「そっすねー。女神がいなくなっても、亜人差別はまだまだ根深いっすからね。でも、差別反対の人達もたくさんいるっす。そういう人たちが助けに来てくれて、とてもありがたいことっす」
「うん。これを世界中に広げていくことが、これからの私達の使命だね」
「間違いないっす」
ルーチェとウィッキーが親しげに話す傍ら、俺は世界の今後について思案していた。
女神がいなくなったことで、鑑定の儀は意味を失った。すでにスキルを持っている人間はそのままだが、十三歳未満の若者達は、新たにスキルを得ることができなくなったのだ。エストが消滅したのだから当然だろう。
これによる世間の混乱はかなりのものだったが、それについてはじきに収束するだろう。
だが、未だ能力至上主義の思想は残ったまま。人々の心に根付くこの考えを改めなければ、根本的な解決にはならない。差別は種族間だけでなく、種族内にも蔓延しているのだから。
「ただ……」
ウィッキーは心底残念そうに、
「まだまだ人間を嫌っている亜人もいるっす。そういう人達には、ロートスは目の敵にされてるっすよ」
「仕方ない。これまで何百年も虐げられてきたんだ。そう簡単に心を開いてくれるとも思わないさ」
「こういうのは、地道にやっていくしかないよね」
「ああ。世界を変えることに近道なんかない。一人一人、粘り強く理解を勝ち取っていくことが大切なんだ」
そういう戦いこそ難しい。剣を振り回すほうがよっぽど簡単だ。
気を引き締め、一歩も退かずに進み続けなければならない。
この世界を選んだ俺の、それが使命なのだから。
「さ。ついたっす」
ウィッキーが車を停める。
降車すると、目の前には真新しい巨大な建物がそびえ立っていた。
「連邦の新しい城。アインアッカ城っす」
まるで要塞の如き白亜の館。グランオーリスの王宮や、王国の城にも引けを取らない。
奇しくもそれは、俺の生家があった地に建てられていた。
「すげぇ」
それしか感想が出てこない。
「これが俺の城か……しかし、こんなもんを建てる余裕があるなら、復興に財源を回した方が良かったんじゃないのか?」
「言わんとすることはわかるっすよ。でもここは連邦の政治的中枢っす。これから何百年にも渡って国を導く拠点なんすよ。ここが立派でないと、街の復興も進まないっす」
「そういうもんか」
まぁ、ウィッキーやサラが考えて建造してくれたものだ。これ以上の文句は言うまい。
城館に入り、そのエントランスの広さに感嘆していると、
「じゃあ、サラのとこに案内するっす。あの子は今、ロートスの執務室にいると思うっすから」
そこでルーチェが小さく手を挙げる。
「あ、じゃあ私はその間に警備関係の確認をしていてもいいかな? この城の構造とか、セキュリティの把握をしておきたいから」
「オッケーっす。そしたら、警備主任のハラシーフに取り次ぐっすよ」
ウィッキーが近くの衛兵にその旨を伝える。
ハラシーフが警備主任か。あの豪胆なエカイユなら、安心して任せられるな。
そんなわけでルーチェと別れ、俺はウィッキーと二人で城館最上階の執務室へと向かう。
「サラはどんな様子だ?」
「頑張ってるっす。仮にも亜人連邦の盟主っすからね」
「俺が王で、サラが盟主なんだよな? これって実際どう違うんだ?」
「亜人連邦って言っても、国民全員が亜人ってわけじゃないっす。サラは亜人達の代表といった立場っすね。ロートスは文字通り王っすから、国民の頂点に位置しているっす」
「なるほどな。別に俺は権力なんか求めちゃいないんだけど」
「上手く使えば、世界を正しく導くことができるっす。権力だってあくまで力。ようは使う者の資質次第っすよ」
まったくもってその通りだ。
俺にその資質があるかどうかは疑問だけど、やれるだけのことはやってみるさ。
「ロートスなら大丈夫っす。偉大な王になるって、ウチは信じてるっす」
「まかせとけ」
信頼の眼差しで見上げてくるウィッキーの頭を撫でると、満足そうに頬を緩めた。
そんなこんなで執務室に到着した俺達を待っていたのは、書類の山に埋もれたサラであった。




