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黄金たる不可侵

「……ねぇパパ。世界が終わりかけてるって、どういうこと?」


 すこし焦りを感じさせるアナベルの声。


「言葉通りの意味だ。このまま放っておいたら、誰が何をしなくても世界は終わる。デメテルも、俺達の世界もな」


「そんな……っ」


 声をあげたのはイキールだ。


「ほ、方法はないの? なにか……デメテルを存続させる方法はっ」


「あります」


 原初の女神が答える。


「あの二股に別れた幹のどちらかを、切り落とすのです」


 やっぱりな。

 俺も同じことを考えていた。

 二股に別れた世界樹は、そのまま前世界とデメテルを表している。

 いま表に出ているのはデメテルだが、本質的にはどちらも隣り合って存在しているのだ。


 そして、いまやそのどちらもが死に瀕している。

 先端が黒ずんでいるのがその証拠だった。


「不完全な女神であるエレノアは、二つの世界を支えるに足る力を持ちえなかった。彼女は【君主】でもなく、奪った神性も欠けた状態ですから」


 理に適った話だ。


「共倒れになる前に、どちらかの世界を切り捨てるってこと……? そんなのって」


 狼狽するイキール。


「言っておくがね。今ここにいる者達の中で、デメテルに執着しているのはキミだけだ」


「おいヒーモ」


 そんな追い打ちをかけるようなことを言うことないだろうに。


「公子……っ」


 懇願するような目。

 イキールにとってデメテルは故郷。俺達の世界は見たこともない別世界。

 そして俺達にとって、それらの感覚はすべて逆になる。

 まぁ、とはいえだ。


「ヒーモ。俺もお前も、一応デメテルで生まれて十数年過ごして来たんだ。ちっとは愛着みたいなもんはないのか?」


「ないね」


 即答だな。


「生まれる場所がどこだろうと吾輩は吾輩だが、それは場所を選ばないということじゃない」


 前髪をかき上げて、ヒーモは舞台上の役者のような立ち振る舞いを見せる。


「吾輩達の世界は決して恵まれてるとは言えなかった。それでも吾輩は、あの世界が好きだったよ。仮初の平和より、真実の混沌を好むのは、キミも同じだろう? ロートス」


「……まぁな」


 やれやれ。

 類は友を呼ぶというが、まさかこの言葉を自分に当てはめるとは思わなかったな。


「それにねロートス。公爵家の嫡男としてぬくぬくと暮らしてるキミは、前世界のキミに比べて魅力的じゃなかったかな。やはりキミは、苛烈な戦いの中にあってこそ輝く男だ」


「さいですか」


 ぬくぬくしてて悪かったな。

 まぁいい。話を進めよう。


「どちらを切り落とすにせよ。まずはあれをどうにかしないとならんだろ」


 俺は世界樹を守る金色の障壁を指す。イキールの飛ぶ斬撃を防いだやつだ。


「俺の見立てじゃ、力づくで突破できるようなシロモノじゃないぜ。俺の〈妙なる祈り〉でも無理だ」


「私も同じ考えです。根源粒子を操作できたとしても、どうにもならないでしょう。残念ですが……」


 アデライト先生がそう言うのなら、この場の誰にも不可能だろうな。

 あの障壁には、世界の理を越えたすごい何かがあるのだ。


「えっと……じゃあ、どうしたらいいのです?」


 サラの疑問に答える声はない。

 ただ、場の視線はすべて原初の女神へと向けられていた。

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