矮小なる黄金の生命
深淵の闇。
完全なる漆黒が眼前に広がっている。
まるで【座】のような虚無の次元。
あそこと違うのは、無数の玉座が浮いているのではなく、一本の樹が生えているという点だ。
一切の光のない永遠の空間において、唯一の光を放つ黄金の樹。その樹の頂点は、両腕を広げるように二股に分かれている。
そしてまさにその場所に、白いぼろ切れを纏った少女が磔にされていた。
「……エレノア」
俺は息を呑む。
ついに。
ついに辿り着いた。
エレノアのもとに。
「なんということだ……女神とは、こうも残酷な存在なのか」
額を押さえて嘆いたのはヒーモだ。
エレノアの身体は、そのほとんどが朽ちていた。
ひび割れ、砕け落ち、それでいてなおも輝かしいほど神々しく、可憐な美しさを放っている。
「永き時を、囚われていたのです。たった一人、こんな場所で」
「自縄自縛とはまさにこのことじゃ。やりきれん」
先に到着していたアデライト先生とアカネが、エレノアを見上げて呟いた。
誰もが、困惑と憐憫の眼差しになっている。
「女神エレノア……この子が……」
その中で、イキールだけは険しい表情で黄金の樹を見つめていた。
「これが、女神。デメテルの……私達の、造物主」
イヤな予感がしたが、止める隙はなかった。
イキールが居合の要領で剣を抜き、そのまま魔力の乗った斬撃を飛ばしたのだ。
それは一直線にエレノアへと飛翔し、直撃するかのように思えた。
この場の全員に刹那の緊張が走る。
結果として、イキールの斬撃はエレノアに届く直前で、黄金の輝きによって遮られた。
甲高い音を立てて斬撃は消滅する。どうやらバリアのようなものが張ってあるらしい。
「何をやってるんだキミは!」
ヒーモがイキールの肩を引っ張り、胸倉を掴む。
「吾輩達は世界を取り戻すためにここに来ている! 彼女を傷つけてしまえば、それが叶わなくなるかもしれないんだぞ!」
マジギレするヒーモに、イキールは勃然とした面持ちだったが、ぽつりと、
「ごめん」
と呟いた。
「あんなのが私達が信じてた女神だなんて思ったら……抑えられなくて。頭に血がのぼった」
「だったら頭を冷やしたまえ!」
ヒーモはいきり立ち、イキールを突き放した。
イキールは気まずそうに俯くのみ。
まぁ、気持ちはわからなくはない。
ヒーモが俺の気持ちを代弁してくれたこともあって、俺もそれ以上何かを言うつもりはなかった。
「あの樹は、いったい何なのです?」
アイリスが不思議そうに呟いた。
幹が二股に分かれた黄金の樹木に枝葉はない。二股の先端は黒ずんでおり、神々しい輝きに反して枯れかけているようだ。
「あれは世界樹です」
アイリスの疑問には、原初の女神が答えた。
成程な、とサニーが得心した。
「裏世界には世界の本質が宿る。あの小さな樹が、世界樹の本質というわけか」
原初から世界を支えてきた世界樹の生命に、もはや力は感じられない。
「終わりかけているんだな……世界が」
「その、通りです」
確信めいた俺の言葉に、原初の女神が肯定した。




