シン・最後の冒険
一度裏世界に行って、再び表世界に帰ってきた俺は、二つの世界の繋がりを体感できる。
体感できるのなら〈妙なる祈り〉で世界間の移動を実現できる。
ごり押しのトンデモ理論かもしれないが、〈妙なる祈り〉とはもともとそういう力だ。
不可能を可能にし、強い一念を実現する力。
「どうせみんなを連れて行かなきゃならないんだ。ちょうどよく揃ってるし、このまま勢いに任せて行っちまおう」
「とんぼ返りね」
イキールの言う通り。
裏世界で待ってくれている奴らもいる。
俺は場を見渡した。
ここにいるのは七人。
俺。
ヒーモ。
イキール。
アナベル。
ルーチェ。
アイリス。
アカネ。
この七人全員で裏世界に突入し、裏世界にいるみんなと合流した後、アインアッカ村に向かう。
そうすれば〈八つの鍵〉が勢ぞろいし、裏世界の核心部へ行く準備が整う。
「みんな、それでいいか?」
「わたくしはマスターのお心に従うだけですわ」
「わらわも問題ない。常在戦場じゃ。いつでも行ける」
「私も大丈夫。だけど、族長と副長に一言声をかけておいた方がいいね。ちょっと行ってくる」
たしかに、急にいなくなったらエルフ達も困惑するだろう。ルーチェの気遣いに感謝だ。
「裏世界に行けば、ママに会えるんだよね?」
「ああ」
「そっか……やっとだね」
アナベルはオルタンシアに再会するために戦ってきた。母を想う娘の執念だ。
その悲願がついに果たされようとしている。俺にとっても感慨深い。
「公子。あなたはやっぱり、デメテルを消し去るつもりなのね」
イキールが水を差すようなことを言う。
それに敏感に反応したのはヒーモだ。
「おいガウマン。キミはまだそんなことを」
「わかってる!」
切実な声色。
「私がもともとあなた達の世界の人間だったってことも、今の私が女神に創りかえられた存在だってこともわかってるのよ。でも……それでも、デメテルは私の故郷なの!」
拳を握るイキールの主張は、まさしく魂からの叫びだった。
「故郷を守りたいって思うのがそんなにおかしなこと? 創りかえられたものだったとしても、世界は世界よ。デメテルで生まれた私のこの想いは、どうなるの……っ!」
怒りの混ざった慟哭。誰も、答えなど持っていない。
俺に負けた時点で、イキールは望みが叶わないことを悟っているんだろう。
でも、だからといって簡単に割り切れるもんじゃない。
人の心はそう単純じゃないんだから。
イキールが俯いて震える中、みんなが俺を見てくる。
なんで俺を見るのか。
決まっている。全ての意思決定は、このロートス・アルバレスに委ねられているからだ。
文字通り世界の命運を握っている。責任重大だぜ。
だから俺は言う。
「未来のことなんか誰もわかっちゃいない。俺にもわからないし、エレノアだってわからないだろうさ。俺の目的は自分の世界を取り戻すことだけど、その本質は神というシステムからの脱却だ。自分の運命を、自分の手に取り戻す。生きとし生ける者すべてがそうであるべきだと思う。そして人には、自分の手で未来を切り開く力がある。例外はない。お前にもあるんだよ、イキール」
俺はエマに掌を向け、祈りを捧げる。
「だからよ。探しに行こうぜ」
「なにを……」
「一切文句のつけようのない、完璧なハッピーエンドってやつをよ」
この時の俺は間違いなく、今までで最も男前な顔つきをしていた。
アカネはやれやれといった風に首を振り、アイリスはのほほんとした笑みを浮かべている。
ヒーモは流石だなとでも言いたげに頷いているし、アナベルは額に手を当てて溜息を吐いていた。
「あれ? なに? この空気」
オーサに連絡をして行っていたルーチェが帰ってくると、なんとも言えない雰囲気に苦笑していた。
「わかったわ。公子」
イキールの声にこころもち明るさが戻った。
「私も、あなたを信じてみる」
それでいい。
信じることは大切だ。
何を信じるかによって、人生ってのは良くも悪くも大きく変わる。
ただ一つ、確かだと言えるのは。
俺のことを信じていれば、大丈夫だってことだ。
「行くぞ……!」
祈りを帯びた俺の手が輝き、呼応するようにエマの胸が光を放つ。
いざ裏世界へ。
今度は、みんな一緒にだ。




