それぞれの役割
それはまるで閃光のようだった。闇夜が照らされ、景色が明るくなる。
圧倒的な熱量。周囲の空気が一気に加熱されていた。
群生していたナハトモスクが焼き尽くされ、灰となって消えていく。
「セレンッ!」
あんな炎に呑み込まれては、ただでは済まない。
それどころか、跡形も残らず消滅してしまうだろう。
いくら助けに行きたくても、もう遅い。
「そんな……」
サラが絶望に満ちた声を漏らす。
ドラゴンのブレスはセレンを包み込み、彼女をこの世から葬り去った――
「危ないところだったわね」
――かのように見えた。
「あなた、ケガはない?」
声のした方を見る。ブレスの射程外で、エレノアがセレンを抱きかかえて膝をついていた。
「間一髪だったな」
そして彼女達を守るように、ドラゴンに立ちはだかるマホさんの姿。
どうしてあの二人がこんなところに。
エレノアの全身からは火花が弾ける音と共に紫電が散っている。あれはたしか、乙女の極光とかいう身体強化魔法だったか。
セレンは相変わらずの無表情だが、呆然としていることだけはわかる。自分の身になにが起こったのかわかっていないようだ。
よかった。セレンは無事だ。エレノアが現れなかったら、確実に死んでいただろう。
「こんなところにハナクイ竜がいるなんて聞いてないわ。一体どういうことかしら」
「わっかんねぇな。旅行でもしてたんじゃねぇのか」
突如現れたエレノアとマホさんに、ドラゴンは警戒しているようだった。
低い唸り声を漏らし、口から火をちらつかせている。
この時俺は、クソスキル『フェイスシフト』をすでに発動していた。どんなスキルか説明すると、自分の顔をそれなりにぼやけさせ、さらに自分の存在感を増幅させて周囲から大いに目立つようになるスキルだ。
正直なところ、目立ちたくない俺にとってはクソ中のクソスキルである。目立ちたくないというのに、目立つためのスキルがあるのだから。
だが、役に立つ場面もある。それは、敵を引きつけたい時。
ドラゴンの注目、そして警戒心は、突如として存在感が増した俺へと移る。
その隙を見逃す手はない。
「よそ見してんじゃねぇよバーカ!」
そんなドラゴンの横っ面に、マホさんのグレートメイスが直撃した。
重量に任せた強力な一撃。さしものドラゴンもたまらず体勢を崩す。
「グラウンド・ウォール!」
そのドラゴンの足下に、サラが土壁を作り上げた。もちろん、バランスを崩していたドラゴンはそれに躓いて無様に転倒してしまう。ずしんと大地が響いた。
「ナイスフォロー!」
エレノアがサラに称賛を飛ばしながら、転倒したドラゴンの直上に跳躍。
「エレノア! 奴の腹を狙え! ケガしてやがるぜ!」
「りょーかい!」
マホさんがスキル『シースルーコンディション』でドラゴンの状態を分析したのだろう。
エレノアの目が、出血するドラゴンの腹部に向いた。
「フレイムボルト――」
出たぞ。あいつの得意技。
だがいつもとは違う。炎の短矢を射出するのではなく、片手に強く握り締め、
「――インパクト!」
落下の勢いを併せて、ドラゴンのどてっ腹に直接突き立てた。
相当痛かったのだろう。直後にドラゴンはのたうち回る。苦悶の咆哮。顔はゆがみ、今にも目玉が飛び出しそうになっていた。
それもそのはず、先程セレンが剣で突き刺した傷に、フレイムボルトを叩きこんだのだ。炎に強いドラゴンの外皮は役に立たない。
飛びのいたエレノアがセレンの隣に着地する。その凛々しい顔が、立ち上がったセレンに向けられた。
「今よ。とどめをお願い!」
セレンは強く頷く。掲げた両手が青白く輝き、そこにソフトボール大の光球が形成される。
「フリジット・キャノン」
セレンが、両手をドラゴンに向けた。まだ光球は動かない。
立ち上がろうとするドラゴンに、じっくり照準を合わせているのだろう。
傷付いたドラゴンの腹を、翡翠の瞳が捉えた。
「『ロックオン』」
光の砲弾が振動する。
「シュート」
そして、発射。
フリジット・キャノンは吸い込まれるようにしてドラゴンの腹部に直撃。
弱点となったその傷口に、決定的な一撃を与えたのだった。




