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開かんとす蓮の花

 息が切れた。

 全力で魔法を放ったのだから当然だ。

 精神世界で息が切れるのは、それだけ精神に負荷がかかっているということに他ならない。


「やったか……?」


 イキールとエレノアは凄まじい火炎に包まれた。

 これは自惚れじゃないが、無事で済むとは思えない。


「ウィッキー……」


 俺は倒れた彼女のもとへ駆け寄る。


「おい……ウィッキー」


 力の抜けた体を抱き上げるが、ウィッキーは目を開かない。俺の呼びかけにも反応しない。


「冗談だろ……? 冗談だと、言ってくれ」


 現実は残酷だ。

 俺の直感が、ウィッキーの死を告げている。

 精神世界での死は、心の死。


 もはやどうにもならない。

 受け入れがたい現実だった。


「ロートス!」


 うなだれる俺の傍に現れたのは、サニーと原初の女神だった。


「そんな……!」


「まずいことになったな……」


 二人とも驚いている。俺の腕の中で動かなくなったウィッキーを見てのことだ。


「その子は〈八つの鍵〉の一人ですね。死んだのですか」


 俺は答えない。返事をするのが怖かった。


「くそっ。〈八つの鍵〉は揃わなければ意味がない。一人欠けても、俺達の世界を取り戻すことはできなくなる」


 サニーが深刻そうに呟く。その声には焦りと悔しさが滲んでいた。


「神性にあてられたのですね……かわいそうに。何が起こったかもわからなかったでしょう」


 原初の女神がウィッキーの頬に触れる。その指先がふわっと赤く輝いた。


「これは……?」


 眉間が開く。


「ロートス。まだ間に合うかもしれません」


 その言葉は、意気消沈していた俺の心に火をつけた。


「どういうことだ」


「伊達に裏世界で生き延びてきたわけじゃないみたいです。この子の持つ不思議な力が、神性を拒んでいる」


 俺とサニーは同時に驚いた。


「だが、その子からはもう生命の鼓動を感じない」


 サニーが余計なことを口にするが、正直俺も同じ意見だった。


「生命活動の停止、即ち死ではありません。彼女は生きようとしている。自身を蝕む神性と静かに戦っています」


 たしかに、俺もここに来るまでに数え切れないほど死んできた。死にまくって死にまくって、その度に強くなって蘇った。そうやって今の俺になったんだ。

 俺にできて、ウィッキーにできないなんてことがあるわけがない。


「どうすればいい。どうすればウィッキーを助けられる」


 藁にもすがる思いだった。今は【君主】として先達の彼女に従うしかない。


「ここではダメです。あの村に戻りましょう」


「アインアッカ村か?」


「ああ。あの村は特殊な空間です。女神となったエレノアの、人の心の残滓が生んだ空間。あの場所なら、この子の心を呼び戻せます」


「だったら今すぐ――」


 言いかけた俺の言葉を遮って、爆音が轟いた。

 俺が放ったフレイムボルト・レーヴァテインをかき消して、エレノアの化身の巨大な影が差したのだ。


「まじかよ……!」


 無傷だと。ありえない。

 俺の渾身の魔法が、足止めにしかならないなんて。


「ロートス! 私はこの子を村に連れていきます! ですから、他の鍵たちも連れてきてください!」


「みんなをか?」


「はい! あの大きな猫ちゃんもです! 核心部に向かって〈真世界〉を蘇らせるのなら、『インベントリ』のスキルだけじゃなく〈八つの鍵〉の全てが必要です」


 どうやら原初の女神は全ての事情を理解しているようだ。


「わかった! すぐに後を追いかける!」


 俺は再び剣を握り締める。


「サニー!」


「なんだ」


「王宮の外にサラとセレンとオルたそがいる。あとデカい猫もだ! お前なら全員分かるだろ! みんなを守って、村に連れて行ってくれ!」


「構わないが……お前はどうするつもりだ」


「決まってる」


 俺は剣を片手に、炎の柱から現れた最後の敵と対峙する。


「決着をつけるんだ」


 イキールと、女神に堕ちた幼馴染との決着をな。

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