無限リフレイン
球体から出た彼女は、ゆっくりと浮遊しながら高度を下げ、俺の前に降り立つ。
定まった意思を秘めた碧い瞳が、俺の間抜け面を映している。
「公子」
「イキール……」
まるで百年来の再会の如く、俺達は深く視線を交わす。
「どうしてここに来た」
「あなたが言ったんじゃない。自分自身の目で確かめろって」
ああ。確かに言った。
「だから言われた通りにしたわ。自分の目で見て、耳で聞いて、心で感じた。この世界の真実を」
まじかよ。
自分の目で確かめろっていう言葉は、その場しのぎでなんとなく言っただけだったのに。
「ねぇ公子。私はね、自分が何者であるかも知ったの。知ってしまったら……もう戻れない」
「どういうことだ。俺にもわかるように説明しろ」
「デメテルは偽りだった。忠義を誓った皇帝も嘘っぱち。信じてきた女神でさえ……っ」
次第に語気を強くしていくイキール。その表情は苦悶と憤怒に満ち、そして悲哀に暮れていた。
「偽物だったのよ……ぜんぶ……っ!」
涙さえ流さなかったが、イキールは確かに泣いていた。
当然だ。
自分の知るすべてが嘘偽りだったと知って平静でいられる者などいない。
こいつがどうやって真実に辿り着いたのかは謎だが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
イキールは明らかに何かをやらかすつもりだ。
彼女の生命は、強き不退転の決意をみなぎらせている。
「偽物は要らない。そうでしょ?」
「何を、するつもりだ」
イキールは微笑む。
それは覚悟の表れだろうか。
直後。俺の体を強烈な衝撃が襲った。
「ぐえぁ――」
変な声を漏らしながら、俺はぶっ飛ばされ、建物に激突。盛大に壁を破壊してしまう。
砕け散った建物は瓦礫となり、倒れた俺の上に降ってくる。
「いてて」
瓦礫を押しのけ脱出。
そこでやっと理解した。
俺の背後にいたエレノアの体が、その巨大な手で俺を弾き飛ばしたのだと。
「エレノア……? なにを……」
張り手を打った体勢のまま、エレノアの体は静止している。
イキールはゆっくりとエレノアの体に歩み寄っていった。
「女神エレノア。神になり代わり、自分勝手に世界を創りかえた張本人」
見惚れるほど流麗な所作で剣を構えるイキール。
待て!
言葉にしたつもりだったが、声が出ない。
気付けば膝が落ち、地面に手をついている。
あれ? どうしちまったんだ俺は。
エレノアに張り飛ばされたダメージが、想像以上に大きい。
眩暈がする。天地がさかさまだ。
くそ。またかよ。
大事なところで退場って、何回繰り返したら気が済むんだよ。
呪うぜ。運命のクソッたれ。
「あなただけは許さない……許したくない」
イキールの奴、戦うつもりなのか。
勝てるわけがない。普通に考えれば。
だがイキールはエレノアの生み出した半身。いわゆるアバターだ。
もしかすると、対抗できてしまうかもしれない。
「私は、どうすればいいの」
その問いは誰に向けた者だったのか。エレノアか、あるいにはイキール自身にか。
それまで動かなかったエレノアの体が動く。両手でイキールを優しく包み込むように。
あろうことか、エレノアの身体が白く輝き始めた。
「これは……なに?」
俺の視界はすでに曖昧になっていた。
もはやイキールやエレノアの輪郭はぼやけている。
「あたたかい」
視界が暗闇に染まっていく。
俺の意識は、どこに行こうとしているのか。
だめだ。このままじゃ。
また同じことの繰り返しだぞ。
「そう。そうなんだ。あなたは、私に――」
そこで全てが途切れた。
俺の意識は、世界から断絶した。




