そもそも論
「ムーディたん?」
「そ! ムーディたんっす!」
「お前も俺とどっこいどっこいのネーミングセンスしてんな」
「えー。ロートスと一緒っすか~? えへへ」
嬉しそうにするところじゃないぞ。
「しかし、どうしてまたこんな奴を? 長い裏世界生活で暇すぎたか?」
「それもあるっすけど~。ちゃーんと大切な理由があるんすよ」
ウィッキーは人指し指をぴんと立てる。
「この子が放つ邪気は、ウチが瘴気を模倣して作った一種のエネルギー波っす」
「瘴気を模倣?」
「ウチがメインガンで瘴気の研究をしてたことは憶えてるっすよね?」
「ああ。俺が瘴気に冒されていた時に行ったところか」
グランオーリスの都市メインガン。あの頃は世界がアンの瘴気で満たされていた。俺の身体も瘴気でボロボロだった。今となっては懐かしい。
「いや~、まさかあの時の経験がこんなところで活きるなんて思ってもなかったすよ」
「へぇ? その研究がこのデカネコに繋がったのか。いや、アンの瘴気がどうなったら猫になるんだ?」
俺は壁に磔にされてしょんぼりするムーディたんを見上げる。
「魔王の瘴気は、マーテリアの神性を帯びた根源粒子そのもの。瘴気の成り立ちが分かれば、似たようなものを作ることだってできるっす」
「つまり……この邪気の正体は純粋な根源粒子なのか。帯びているのがマーテリアの神性じゃないなら、なんなんだ?」
「……祈りっす」
ウィッキーは一呼吸おいて、どことなく自嘲気味に呟いた。
「この子を作る時、かき集めた根源粒子にウチの祈りをこめたっす。そのせいかこの子の気性はすこぶる荒くなっちゃったっす」
「祈りをこめたのに?」
普通、祈りをこめたら穏やかな性格になりそうなもんだが。
「祈りっていっても、ウチのそれは綺麗なもんじゃないっすよ。世界を奪ったエレノアへの恨みや憎しみが、ウチの祈りっすから」
ぱっちりとした猫目に、いつものきらきらとした光はない。
「あいつはウチから大切な妹と愛する男を奪ったんす。この恨み、晴らさずにいられるわけないっすよ……!」
「別に殺されたわけでもないのに」
「ずっと会えなくなったんだから一緒っすよ!」
床に向かって怒声を吐く姿に、俺は面食らった。
ウィッキーがこんなにも負の感情を表に出したのは初めて見る。
永い時を復讐のために費やしたことで、心が擦り切れてしまったのか。
気の利いた言葉は浮かばない。
「すまん」
口をついて出たのは謝罪だった。
「どうしてロートスが謝るんすか。悪いのは全部あいつっす」
「違うんだウィッキー。エレノアがあんな風になっちまったのは、俺のせいだ」
これは俺の自戒であり、逃れられぬ業であり、紛れもない事実なんだ。




