消失しゆく世界
十数年ぶりに目にするセレンは、高貴なる気品めいたものを醸し出していた。
髪は丁寧に結われており、オフショルダーのドレスに尾を下ろしている。
黒いレースをあしらったドレスを身に纏った姿は、まさに王女然として磨かれた宝石のような美を体現していた。
息を呑むほどの、とはこの事だろう。
呆然とする俺の隣で、サニーが折り目正しく跪いた。
「セレン王女殿下に拝謁いたします」
サニーの恭しい態度を目にすると、セレンが一国の王女であることを再認識させられる。
「顔を上げて」
「ありがとうございます」
サニーが礼を終わると、セレンは玉座から立ち上がる。
「あたしに王族の礼を払う必要はない。ここはグランオーリスじゃないし、あたしはもう王女でもない」
セレンの言葉に、サニーは些か困惑したような表情を見せる。
「そりゃ無理があるぜセレン。そのカッコじゃどこからどう見たって立派なお姫様だろ。ああ、それだけじゃない。国を傾かせるほどのとびきりの美少女ときたもんだ。ここがどこだろうと、敬意を表さずにはいられないだろうよ」
まったく、やれやれだぜ。
セレンは真一文字に唇を引き締めたかと思ったら、呆れたように溜息を吐く。表情にこそ感情の発露はないが、その心は翡翠の瞳の奥で輝きを放っていた。
「遅い」
一言。永きに渡る時を経ての再会に相応しい言葉だった。
本当に、ありえないくらい待たせちまった。
「謝らなくていい。あなたの苦労は理解してる」
俺が謝罪しようと口を開きかけた瞬間、先回りするセレン。
「……お前達に比べたら、屁でもねぇ苦労さ」
まじで、己の不甲斐なさを恥じるぜ。
自嘲気味に言った言葉を、セレンは首を振って否定した。
「今までの苦労だけじゃない。あなたのこれからも含めてる」
玉座からこちらに歩いてくる一挙手一投足に、ロイヤルな気品が溢れている。
すぐ目の前まで来たセレンは、確かめるようにじっと俺を見上げている。
「セレン……」
いつかの世界会議で見た、ばっちり着飾ったセレン。その高貴な魅力に俺は言葉を失っていた。
玉座の間には沈黙が漂う。誰も、何も言おうとしなかった。
ひとしきり俺を見つめた後、セレンはふと背を向け、高い天井を仰いだ。
「あまり時間がない。ここにもすぐにあの炎がやってくる」
そうだ。
俺は王城内を安全だと思い込んでいたが、それは時限的だった。
どうにかしてここから脱出しなければならない。
「あの炎の正体をご存じなのですか?」
原初の女神がセレンに尋ねる。
「あれは〈妙なる祈り〉。女神エレノアの、人なる心が生み出した意思の力。この裏世界は彼女の心象風景が投影されているから、その影響力は計り知れない」
「俺の〈妙なる祈り〉よりも強いのか?」
首肯するセレン。
エレノアの外部からあいつのアバターが〈妙なる祈り〉で干渉してる。
そんなもんどうやって止めればいいんだよ。
考え込む俺を、セレンは優雅に振り返って見た。
「まずはここから出る」
「どうやって」
「城に脱出路はつきもの」
言いながら、セレンはヒールの底で床を叩く。
すると、淡く輝く魔法陣が俺達の足元に浮かび上がった。
「空間転送魔法ですか。確実です」
原初の女神が感心したように言う。
「あれをまた体験するのか……?」
サニーは完全に臆していた。
だがもたもたしてはいられない。
次の瞬間、セレンが見上げていた天井が燃え上がり、壁にまで延焼し始めた。
おいおい。炎ってのは下から上に行くもんだろう。
「見てください。炎が!」
サラが言う間にも、見る見るうちに炎は迫ってくる。
「転送する。酔わないように」
セレンがもう一度床を蹴ったのと同じくして、魔法陣が輝きを放ち、俺達を照らした。
玉座の間は炎に包まれている。
まさに炎が俺達に襲いかからんとする直前で、転送魔法が発動。
俺達は玉座の間から脱出することに成功した。




