空間転移は超高度な魔法技術です
サニーが大剣で炎を薙ぎ払おうとするが、炎の勢いはすこしも揺るがなかった。
「おい。やばいぞ」
サニーの声にも焦りが感じられる。
くそ。一体なんだってんだ。
どうしてこんな炎が急に出てきやがった。
一体誰の仕業なんだ。
「ご主人様。ここはボクが」
サラが床に手を当て、魔力を集中させる。
「グラウンド・ウォール!」
サラの手から魔力がほとばしり、床を突きあげて大地の壁が隆起する。
その壁は俺達を囲むように形成され、炎を遮断した。
「でかしたサラ!」
「えっへんなのです」
とはいえ。
「一時的に凌いだだけです。根本的な解決になっていません」
原初の女神が早口で言ったのと同時に、大地の壁が一気に燃え上がった。
「うそだろ!」
やっぱりただの炎じゃない。
というより、精神世界においてただの炎なんてあるわけがないんだ。
この炎の正体が分からない以上、〈妙なる祈り〉で対処することも難しい。
これは、万事休すか。
打てる手立てが失われたかに思われた、まさにその時だった。
(聞こえる?)
俺の脳裏に、少女の声が響いた。
「これは……?」
サニーが驚いているところを見るに、この場の全員に聞こえているようだ。
そして俺には、しっかりと聞き覚えのある声だった。
(あたしの絵に飛び込んで)
絵に? どういうことだ。
いや、考えている暇はない。
「みんな行くぞ!」
俺はサラを抱きかかえると、高く跳躍して燃え盛る壁を飛び越えた。
そして、今にも燃え移りそうになっているセレンの肖像画に向けて、ほとんど体当たりのようにして飛び込んだ。
魔力の波動を感じる。
俺とサラは絵の中に吸い込まれるようにして、突如現れたゲートを通過していた。
「うおお」
視界がぐるぐると回る。
まるで洗濯機の中に放り込まれたみたいに、混沌たる空間に翻弄されている。
周囲には、あらゆる色が混ざり合った前衛芸術の絵画ような無秩序な色彩が渦巻いている。
「ご主人様っ。これは空間転移の魔法なのですっ……!」
サラが俺に抱き着いたまま声を張る。
「精神世界とはいえ、空間同士を繋ぐ次元の門を作り出すとは……作り手は相当魔法に関する造詣が深いようですね」
俺達のすぐ近くで、原初の女神が冷静な声を漏らしていた。
彼女は俺達のように振り回されておらず、まるでその場に立っているかのように安定している。
なんでだろう。
これが【君主】としての年季の違いなのか。
サニーはというと、俺とサラよりも更に激しく振り回され、座標設定のバグったポリゴンみたいにあっちへこっちへ縦横無尽に飛び交っていた。
ゲートに進入して十数秒後。そろそろ酔って気持ち悪くなってきそうになったくらいで、原初の女神が前方を指さした。
「出口です」
指の先には、白く光る穴がはっきりと見える。
俺達はゲートに入った時と同じように、吸い込まれるようにしてそのゲートを通り抜けていった。
とんでもないスピード感だったから、投げ出されてどこかに激突するんじゃないかと危惧したが、別にそんなことはなかった。
出口を通過した瞬間、それまでの速度感を消失し、ただ床の上に立っている状態になっている。
マジで不思議な感覚だった。
「ここは……」
サニーが青白い顔で呟く。
「玉座の間……か? ああそうだ。間違いない。王城の最奥にある玉座の間だ」
気分の悪さを声にして吐き出すかのように、サニーは息交じりに言い切った。
ああ。確かに見覚えがある。
俺がこの場所に来たのは、前世界において親コルト派による襲撃があった時だ。クィンスィンの武士達を相手にアデライト先生が無双していたのを憶えている。あの時はなぜか先生が玉座に座っていたなぁ。
俺達は入口の方を向いていた。
つまり、玉座は背後にあるということだ。
いま玉座に座っているのは誰だろう。考えるまでもない。
グランオーリスの正統王位継承者だ。
「ロートス。あなたを待ってた」
名を呼ばれ、俺は振り返る。
「ああ」
グランオーリス王家の一粒種。オリーブ色の髪とエメラルドグリーンの瞳を持つ可憐なる王女。
そして俺のクラスメイトであり、パーティメンバーでもある。
セレン・オーリスその人であった。




