突入の呼び声
突然、空に浮かぶエレノアの顔面が歪み始め、その表情が不安定に変化し始めた。その表情は恐ろしいほどの怒りと混乱を示しているように見える。
「顔が……!」
輪郭が歪み、まるで存在が揺らいでいるかのようだった。巨大な白い顔面は次第に不安定さを増し、その表情は苦痛に変わっていった。
「エレノアの奴。まさか、苦しんでるのか?」
「いけません……このままでは……!」
原初の女神がにわかに声を張る。
次の瞬間、街の景色が歪んで、空間が歪曲し始めた。建物が崩れ、道路が裂け、アヴェントゥラという虚ろな存在が消えていく。それはあたかも世界が崩壊しつつあるかのようだった。
「何が起こっているんだ」
サニーが当然の疑問を口にするが、悠長に考察している暇はない。
「このままでは危険です。ひとまずここから離れましょう」
「離れるっつったって」
どうするってんだ。
「ご主人様! あっちです!」
サラが指さした方向。それはアヴェントゥラが誇るグランオーリス王城だ。
「城……?」
戸惑うと同時に、俺は直感した。あの場所は安全だと。
説明はできないが妙な確信があった。
「行くぞ!」
俺はサラの手を引き、駆け出した。
「私達も行きましょう!」
「本当に大丈夫なんだろうな……!」
原初の女神とサニーも俺達に続く。
背後を振り返ると、アヴェントゥラの街並みがひどく歪んでいた。
物理的に壊れているのではなく、空間ごとねじ曲がっているような感じだ。
人も建物も、すべてが混沌の渦に呑まれ混じり合っていく。
あれに巻き込まれたら最後、裏世界に取り込まれて戻ってはこれないだろう。
兎にも角にも、王城に入らなければ。
脇目も振らず、全力で駆け抜ける俺達。
あからさまな殺気を感じたのは、まさに王城の門前に辿り着かんとしたその時だった。
「避けろ!」
俺は反射的に叫ぶ。
サニーと原初の女神が別々の方向に跳躍し、俺はサラを抱いて真上に跳んだ。
その直後、俺達の進行方向にあった石畳が爆散し、脆くも粉々に砕け散る。
地面を突き破って、純白のローブを身に纏った女達が現れていた。
「なに……!」
サニーが大剣を構える。
「相手するな! こっちだ!」
背後には崩壊が迫っている。戦っている暇はない。
俺はアヴェントゥラの城門を飛び越え、内部へと進入した。
「サニーが妨害を受けています!」
隣に着地した原初の女神が早口で言った。
「くそっ」
城門越しに視れば、サニーは数人の女達に攻撃を受け、防戦一方になっていた。
「守護隊だ。やっぱこっちに来てたか」
アルバレスの守護隊は今やエレノアの支配下に置かれている。俺達を阻むために裏世界に来ているのも当然。
「ロートス! こちらは気にするな!」
身の丈ほどもある大剣を駆使して戦うサニーが声を張り上げた。ほとんど怒声のような叫びだった。
「なにを――」
まさか、ここは俺に任せて先に行けとでも言いたいのだろうか。
流石にここで見捨てるつもりはないぜ。
だが、サニーの意図が他にあることはすぐに判明した。
「ご主人様! あれ……!」
城内に入った俺達を待ち構えていたのは、純白のローブを纏った女。
「そんな……!」
サラが震えた声を漏らす。
目の前に立ちはだかったのは、アルバレスの守護隊を統括する隊長。
シーラであった。




