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記憶の消費

 場がしんと静まり返る。

 街の喧騒は消え、俺達も言葉を失っていた。


「まぁ」


 それを破ったのはサニーだ。


「敵の力を利用するのは戦いの定石だ。何もおかしなことはない」


 サラは胸の前で拳を作り、じっと俯いている。

 原初の女神は呆れたように額を押さえていた。


「やれやれ、と言うべきでしょうか」


 俺も同感だ。

 サニーはサニーなりに気を遣ったつもりなのだろうが、そういう問題じゃない。


「確かに俺はこの世界をどうにかするためにここに来た。けどそれはエレノアを倒すってわけじゃない。俺自身の世界を取り戻すのが目的なんだ。その中には、もちろんあいつだって含まれてる」


 世界が元に戻ったとしても、エレノアが記憶を失ってしまったら目的達成には程遠い。

 記憶を失い、人生を彷徨っていた俺だからこそ理解できる。

 大切な思い出を忘れるってのは、あまりにも残酷なんだ。


「ごめんなさい。ボク、余計なことを」


「いや、サラが悪いわけじゃない。あの顔を止めるにはそれしか方法がなかったってこともなんとなく分かる」


 俺はサラの頭を撫で、ネコミミのふちを指でなぞる。

 くすぐったいのか、サラは目を閉じてぴくりと体を震わせた。


「なるほど。この裏世界について、さらに理解が深まりました」


 ほんの少し語調を強くして、原初の女神が言い放った。


「どういうことだ」


「この空間はいわば女神エレノアの精神世界です。この世界にあるものはすべて精神に関するものによって形作られている。神性を持つ者の精神エネルギーは自ずと膨大になります。あの巨大な顔面も然り。対抗する為には同等のエネルギーが必要です」


「何が言いたいかよくわからないな」


「要するに、記憶を変換して攻撃することは実に効率的で的を射ているのです。精神に関するものの中では、記憶が最も多く、価値が低い」


「価値が低いだって? そいつは聞き捨てならねーな」


 忘れるってことは一大事なんだ。


「俺がマーテリアに記憶を封じられた時、どれだけ腐っちまってたか知ってるか? 自分の生きる意味も忘れちまって、心にぽっかり穴が空いたみたいに……」


 いきり立ってまくし立てた俺を、原初の女神は名状しがたい微妙な面持ちで見つめていた。


「いや、今更だったか」


 そういえば、こいつはマーテリアでもあるんだった。あの時のマーテリアそのものではないんだろうけど、だからこそ複雑な気分にもなるわな。


「とにかく、エレノアの思い出を失わせたくはない。どんな些細なことだろうと、あいつにとっての生きた証なんだ」


 うんざりしたように言った俺の袖が、そっと引っ張られた。


「ごめんなさい、ご主人様。ボク」


「別にサラを責めてるわけじゃない。ただ……他に方法がないかって話をだな」


 まいったな。


「サラが俺達を助けてくれたのは事実だ。感謝してるよ」


 安心させるためにも、俺はサラの手をぎゅっと握り締めた。

 そんな俺達をよそに、サニーと原初の女神が会話する。


「他に方法はあるのか? あれをどうにかするために」


「ないこともないですが、記憶を消費する以上に負荷がかかります」


「ロートスが納得するような方法じゃない、か」


「ええ」


「ここで考えるより、次の街に行った方がよさそうだな」


 サニーが良いことを言った。

 そういうわけで、俺達はリッバンループをあとにし、次の場所に向かうこととなった。

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