ティーナンバー
さて。
俺達はアインアッカ村の出入口にやってきた。
目の前には大きな門がある。
「現状、村を抜けられる可能性があるのはここだけだ」
サニーが粗末な門を見上げて言う。
不思議なことに、村の全周には不可視の障壁が張られており、どうやっても出ることができなかった。
これは精神世界ならではの制約だ。単なる力では押し通ることはできないし、障壁の構造が分からない以上、イメージを具現化する〈妙なる祈り〉では対策にならない。
「門に何か刻まれていますね」
原初の女神の呟きに促され、俺は門に書かれた文字を読み上げる。
「心ある者よ。どうか安楽と平穏の中で立ち尽くせ……ふむ。どういうことだ?」
「意味が解らないだろう? 俺も含め、誰もこの言葉の意味を推し量ることはできなかった。あんたは何かわかるか?」
サニーの視線を受けた原初の女神は、腕鎧を押さえながら「んー」と唸っていた。
「呪い……ですね」
「のろい?」
「ええ。言葉というものは力を持ちます。物質の世界でも、精神の世界でも。いえ、むしろ精神世界だからこそ、その力は増すでしょう」
言霊ってやつか。【座】においても言葉の定義は重要だと言っていたな。
「じゃあその言葉の力ってやつのせいで、俺達は村から出られないのか」
「呪いを打ち消す必要があります」
原初の女神はサニーを見る。
「ここにいた者達は、みな正気を失って去っていったと言いましたね。それがこの呪いから解き放たれる手段なのでしょう」
「正気を失うことがか?」
サニーは整った顎を押さえる。
「心ある者。正気を失ったというのは、心を失ったも同然。心を失くしたものは立ち尽くすことなくこの門から出ていける、といったところか」
「おそらく」
「実は俺もそう考えていた。だが、どのみちここからは出られなかったんだ。心を失うわけにはいかないからな」
「そうでしょうね。ですからこの呪いを解くには、正気を保ったまま、心ない者になる他ありません」
「正気を保ったまま? どうやって……」
あ、そうか。
俺にはわかったかもしれない。
「気絶すればいいんじゃないか?」
サニーと原初の女神が同時に俺を見た。
「ほら、寝てる時って意識がないだろ? だから気を失えば心を失うことになるんじゃないかなって」
「ロートス。それは無理だ」
「え、どうしてだよサニー」
「ここは精神世界だぞ。つまり、意識だけが存在する次元だ。眠ったり気を失ったりすることはできない。それこそ、正気を失わない限りな」
「そうなのか?」
原初の女神に尋ねてみる。
「彼の言う通りです。この世界において、意識を失うということは致命的です。存在そのものが希薄になり、いずれ消滅するでしょう」
「まじか」
うーん。いい線いってると思ったんだけどな。
いや待てよ。
「わかったぞ。今度こそ」
俺は、ひらめいた。




