こころざし
「実際、管理者のいない世界って成り立つのか?」
「エンディオーネはそれを成り立たせるために、あなたを転生させた節があります」
「どういうことだ」
「世界は無限に存在します。【君主】の手を離れた世界も一つや二つではありません。その中の一つが、あなたの世界です」
「俺の、世界?」
この場合、ロートス・アルバレスが生まれた世界を指しているのではないだろう。
転生する前の世界。
俺が生まれた現代日本がある世界のことだ。
「あの世界は神がいないのか?」
「いません。創世の時代こそ創世の【君主】による管理、統制が行われていましたが、文明が興亡を繰り返すうちに様々な【君主】が代わる代わる神の座につき、ついには空席となりました」
その割には多くの宗教が信仰されていたけどな。
いや、だからこそ宗教が氾濫していたのか。時代によって神が交代し、それぞれの宗教が生まれた。だが人は神が去ったことに気が付かず、信仰だけが残り続ける。
「神のいない世界に生まれた俺だからこそ、転生の対象に選ばれた。エンディオーネは最初から視野に入れてたのか。神のいない世界ってやつを」
「というより、それしか選択肢がなかったのです。神のいる世界から生命を引き抜くことはご法度です。【君主】間の軋轢の元となります。それ故、神のいない世界から転生者を選ぶしかなかった。ですから、あなたという個人が選ばれたことには別の理由があります。おわかりですか?」
「わかる。【君主】だからだろ?」
そこで初めて、原初の女神はほんの少しだけ笑顔を見せた。
「神なき世界に生まれた【君主】の資質を持った存在。人として生まれ落ちながら神に抗い、人々の導にならん者。それがあなた」
「要するに俺は、すごい男ってことか」
「あなたは【君主】として選択を迫られています。かの世界を統べる神となるか。あるいは――」
「世界を去って、未来を人に託すか」
皮肉なもんだ。
俺はずっと、神に定められた運命を人の手に取り戻すために戦っていた。
俺はどこまでも人であるつもりだった。
最初から最後まで、人として生き、戦い、死ぬつもりだった。
だけど。
いつの間にか理を外れた俺は【君主】なんてもんになっちまっていた。
怪物と戦う者は、自分が怪物になる可能性がある。深淵を覗く時、深淵もまた、こちらを覗き込んでいる。
まさにそういうことだ。
いつか夢に見たスローライフ。今更そんなものに未練なんてこれっぽっちもないが、失ってしまったものの多さと大きさを顧みると、やるせなさは否めない。
もし神となれば、俺は愛する女達と共に永遠に世界を管理することになる。それはそれで幸福な未来かもしれない。
世界を去れば、運命は人の手に渡る。俺の目標は達成されるが、俺は大切な人達と永遠の別れをしなければならない。
二者択一だ。
無慈悲なオルタナティブが俺の眼前に横たわっている。
「存分に悩みなさい。【座】に時間の概念はない。悠久の時を思索に費やしても、かの世界の時は進みません」
「いや……」
そんなみみっちいことできるかよ。
俺らしくないだろ、そんなの。
何を悩むことがあるってんだ。
俺にとって大切なものは、いつだって一つ。
「決めたぜ。俺は」
大いなる決断力を発揮し、重い決断を下した。




