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崩壊の兆し

 さて。

 俺は肉体を捨て、精神体となった。

 何の為に肉体を捨てたのか。それにはいくつか理由がある。


 まず一つ目は、俺の中に封印されていた四人を現世に召喚する為だ。

 【ゾハル】に対処するにはそうするしかなかったし、エンディオーネがあの鎌を遺したのはそれを狙っていたんだと思う。

 やっぱり、あいつはあいつなりに世界の行く末を考えていたんだろう。

 自分の力が及ばないことを理解したうえで、俺に託すという形で世界を守ろうとした。あんなナリでも、ちゃんと女神してるんだな。


 一つ目の目的は達成できた。

 だからこれからは、二つ目の目的に向けて動く。

 精神のみの存在となった俺が向かう先は一つしかない。


 【座】だ。


 俺の意識が、時空を超えて異次元へ至る。

 気が付いた時には、俺は漆黒の空間にいた。

 いや、正確には点々とした無数の光に囲まれた暗い場所。宇宙と表現してもいい。

 俺は【座】に帰ってきた。


 周囲には無数の玉座が浮かんでいる。それぞれ大きさも意匠も、位置も方向もばらばらだ。

 ところがそのすべては空席だった。

 いや、それぞれの座には何かがある。詳しくはわからないが、どことなく違和感はあった。

 そして一際大きな違和感が、俺の背後に生まれる。


「おかえりなさい。ロートス・アルバレス」


 女の声。

 振り返った俺の目に映ったのは、あまりにも美しい光。そして、とんでもない美女であった。

 厳かな蒼い鎧に身を包んだ銀髪の白人美女。どこかで見たことがある。どこだったか。

 ああ、そうだ。いつか見た巨大な一枚絵に描かれた姿と重なる。


「……原初の女神」


「左様。ですがその肩書にもはや意味はありません」


 神々しい碧眼が俺を見る。

 絵画では無機質な美として描かれていたが、こうして相対するとまた違う。

 まるで聖母のごとき慈愛を感じる眼差しだった。


「まずなによりも先に、心より感謝を申し上げます。ロートス・アルバレス」


「なんのことだ?」


「あなたは創世の三女神が果たせなかった使命を引き継いでくれました。マーテリア、ファルトゥール、エンディオーネ。志半ばで消滅した彼女達の遺志を、あなた自らの意志として」


「そんな大層なもんじゃない。それに俺は俺の思うままに行動しているだけだ。こっちは振り回されて迷惑してる」


「それでも構いません。少なくとも私は、とても嬉しく思っています」


 座に腰掛ける原初の女神は、すらりとした美脚を揃えて俺を見据えている。


「原初の女神、っていうのは肩書だって言ったな。それってどういうことだ」


「そのままの意味です。神とは役職に過ぎません。世界の管理を担う責務の名なのです」


「役職ね……すると、世界が会社だとしたら、神は社長みたいなものか?」


「言い得て妙ですね。その認識で問題ありません」


「原初の女神っていう肩書に意味がないっていうのは、その立場を下りたからってことか?」


「その通りです。私はすでにかの世界の管理者ではありませんから」


「その役職は、創世の三女神に引き継がれ、今やエレノアに取って代わられた」


 原初の女神は頷く。


「【君主】ではない者が神となったせいで、かの世界はひどく歪んでしまった。このままでは崩壊は免れない。かの世界に生きる幾千億の生命が失われてしまうでしょう」


「なに……?」


 エレノアが神になったせいで、世界が崩壊するだと?

 一体どういうことなんだ。

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