クールに去るやつ
(なに? まさかこれは――)
ここに来て初めて、マシなんとか五世の焦りが見えた。
【ゾハル】とその破片が光を帯び、周囲の空間を照らす。
(次元の歪みを? なるほどそういう魂胆か! はは! 考えたね!)
金色の破片が、次々と光に包まれ消えていく。アイテムボックスの中に収納されているんだろう。
この流れはもう止められない。粉々に砕かれた【ゾハル】は、自己の修復にエネルギーを使おうとしている。ルーチェに抗えるタイミングではなさそうだ。
(たしかに今のキミ達にできる最善の策だ。けれど愚かなり。こんなことをしても僕には何の障りもない。ちょっとした時間稼ぎにしかならないよ。無限のエネルギーと共に悠久に在るこの【ゾハル】にとって、次元の歪みなんか庭も同然さ)
大きな笑声を世界に轟かせ、マシなんとか五世はアイテムボックスの中に吸い込まれていった。
あれほどうるさかった空間が、にわかに静寂を取り戻す。
終わった、のか?
宙に投げ出されたルーチェを、跳躍したアイリスが抱きとめる。
そして、もう数えるほどしか残っていない瓦礫の上に着地した。
「やりましたわね。メイド長」
「……うん」
二人のもとに、アカネとアデライト先生も集まった。
「収納……できました」
ルーチェが自分の足で立ちながら呟くと、先生が労いの笑みを浮かべた。
「おつかれさまでした、ルーチェさん。これで一安心です。砕けた【ゾハル】は、自己修復の為に上位次元から莫大なエネルギーを得ようとするでしょう。そうなれば必ず次元感覚を失い、アイテムボックスの中を彷徨うことになります」
「じゃが、うかうかしてもいられんのじゃ。奴の言う通り、この方法は単なる時間稼ぎに過ぎぬ」
「はい。我々も地上に降り、来るべき時に備えましょう」
すでにコッホ城塞は消滅していた。
残っているのは、四人が立っている比較的大きな瓦礫のみ。その最後の一つも、まもなく地上に落下を開始するだろう。
この瞬間まで瓦礫が浮遊していたのは、のっぺら少女の力の残滓が漂っていたからだ。その証拠に、この空には白い骨片が舞い散っていた。
のっぺら少女も、最後まで俺達と共に戦ってくれたんだな。あの子はマシなんとか五世に創り出されたホムンクルスだったが、紛れもなく俺の師であり、仲間だった。
あの子の遺志と、永きにわたる闘争に報いるためにも、俺は俺の目的を達さないとな。
最後の瓦礫が落下を始めた。
青々とした空の中で、俺の思念も薄らいでいく。
彼女達は、見えないはずの俺を感じているのだろうか。
アカネは力強い笑みで。
アイリスはのほほんとした面持ちで。
ルーチェはすこし不安そうに。
アデライト先生は妙に真面目な表情で。
瓦礫と一緒に落ちていく四人は、しっかりと俺を見上げていた。
みんな、ありがとう。
みんなの戦い、しかと見届けたぞ。
そして俺の意識は次元の虚空へ溶け、この世界から完全に消え去った。




