罪を断ずる光の牙
(バカな。防いだだって……?)
マザードラゴンですら一撃で消し去った歯車。それがただの魔法障壁に阻まれた。驚くべきことだ。
ルーチェが手を振り払うと、障壁に突き刺さっていた歯車が一斉に砕け、光の粒子を散らせた。
「運命を操る『ホイール・オブ・フォーチュン』は、決して万能じゃない。原理を知れば防ぐことは簡単だよ」
(戯言を言う。知ったところで対処できるほど僕の力は安くない。神性すら持たないただの人に防げるわけがない)
「ただの人じゃないから」
(なに?)
「私は神族の末裔。古代人の血を引いてる。それに……〈妙なる祈り〉の影響を色濃く受けてるし、ね」
(……ソルヴェルーチェ・ウル・ダーナ。そうか、未来を視る権能。大昔に研究した憶えがある。運命を操るには、まず未来を知ることが肝要だ。だからその力を分析し『ホイール・オブ・フォーチュン』に組み込んだ。今更になってそれが仇となるなんてね)
【ゾハル】に困惑の雰囲気が纏わりつく。
お茶目な笑みをこぼしたアデライト先生が、丸眼鏡をくいっとあげた。
「『ホイール・オブ・フォーチュン』は機関が総力をあげて研究した能力です。その本質はスキルよりも神族の権能に近い。ルーチェさんの持つお力と、権能への理解、知識をお借りすれば、対処法は自ずと導き出せて当然です」
(アデライト女史……この裏切り者が! やはりあの時、確実に始末しておくべきだった)
「下手人にウィッキーを送り込んだのが間違いです。あの子が私を殺せるわけないじゃないですか」
ふふっと笑う先生はまさに余裕綽々の様相だ。
どうやらルーチェは『ホイール・オブ・フォーチュン』は無効化できるらしい。
あの力がなければ、一撃必殺の攻撃を放つことはできない。【ゾハル】の撃つ歯車は単なる物理攻撃に格下げされたのか。
いいぞ。ルーチェすごい。流石は我が家のメイド長だ。
(はは。なかなかやるじゃないか。だけどそれがどうしたんだい? 高位次元の存在であるこの【ゾハル】が無敵だ。最初からキミらに勝ち目はないんだよ)
こいつの言うことももっともだ。強烈なアイリスの一撃でも出ごたえナシだった。
このまま戦いを続けてもジリ貧。疲弊してやられるか、もしくは時間切れになる。
「相変わらず幼稚じゃのう」
多くを語らず、アカネはすでに動き出していた。
「アイリス! わらわに続くのじゃ! 彼奴をぎゃふんと言わせるぞ!」
「かしこまりましたわ」
二人は素早く軽やかな軌道で跳躍。【ゾハル】よりも高く跳び上がったアカネの体が眩い光の塊と化す。
「これを使うのは久方ぶりじゃ」
ベクトルを変え亜光速で急降下したアカネは、裂帛の気合のまま【ゾハル】に突撃する。
「刮目せいっ! これがわらわの『断罪砕牙』じゃ!」
直撃の瞬間。
音は鳴らなかった。だが確かにアカネは【ゾハル】を貫き、世界の境界に大穴を空けていた。




