鍵の力
アカネ。
ルーチェ。
アイリス。
アデライト先生。
あの四人の姿を、また見ることができるなんて。
視界がぼやけているのは、命が尽きようとしているからか。
あるいは涙のせいなのか。
俺の肉体は役目を終えた。白と黒と琥珀色の、三色の粒子と化して虚空へと溶けていく。
不可視の精神体となった俺の意識だけが、この場に滞留していた。
それなのに振り返った四人は、まるで見えているかのような眼差しを俺に向けている。
「ロートスさん。よく頑張りましたね」
「ずっと見てた。かっこよかったよ」
「流石はわたくしのマスターですわ」
「あとはわらわ達に任せい。ちっとだけ休ませてやるのじゃ。おぬしの仕事はまだ終わっていないのじゃからな」
みんな。
もし俺にまだ肉体があったとしたら、溢れんばかりの涙が流れていることだろう。
感無量という言葉でも足りない。
胸の奥底から、無限の喜びと感謝の念が湧き上がってくるんだ。
(ククク……)
俺達の再会に水を差す、ふざけた笑声が一つ。
(何を呼び出すかと思えば……どうやらキミには、お笑いのセンスがあるようだね)
その声は確かに笑っていたが、同時に怒りにも似た感情を孕んでいた。
(僕は本気でキミと戦っている。全力で世界に挑んでいるっていうのに……まさかここまでコケにされるとはさぁ)
一際強く【ゾハル】が輝き始める。
奴は怒っている。
俺が恋人達を呼び出したことに対して、戯れであると断じたらしい。
残念ながらそいつは勘違いだ。
「ほう? 言うようになったものじゃ。ピストーレんちの坊やが」
一歩踏み出し、拳を叩くアカネ。
(生憎、僕の『ホイール・オブ・フォーチュン』は完璧だ。【座】に至ったことでさらに盤石なものとなった。極めつけには、【ゾハル】の根源粒子は高位次元から持ち出している。神性も持たないキミ達は僕に触れることさえできないだろうね)
「では、試してみましょう」
言った時には、アイリスが【ゾハル】をぶっ叩いていた。
凄まじい衝撃音が轟き、閃光が迸る。
大きく弾かれたアイリスは、もといた場所に軽快に着地した。
【ゾハル】にダメージはない。というより、攻撃が届いていない。
なんだあれは。何かの障壁に守られているのか。まるで見えない壁。
俺とサラを隔てていた壁と同じだ。
「世界の境界ですか」
アデライト先生が呟く。
「妙な手応えですわ。先生、あれは一体?」
「要するに完全無欠のバリアです。外からの干渉は遮断し、内からは好きなだけ攻撃できる。【ゾハル】と『ホイール・オブ・フォーチュン』が矛盾する理を実現しているのです」
「インチキにもほどがあるのぅ」
アカネに同感だ。
だけど俺は信じている。この四人ならこの状況を打破できると。
「時間は限られておる。この城塞も長くは持たんじゃろう。ルーチェ!」
「お任せください」
ヘアゴムを咥え、後ろ手にポーニーテルを結いあげるルーチェが、淡々と【ゾハル】に歩み寄っていく。
(ふん。〈八つの鍵〉か……。つまらない存在だ。消えてもらう)
【ゾハル】の周囲に無数の歯車が顕現する。それらはマシンガンのような怒涛の連射で、容赦なくルーチェに襲いかかった。
「つまらない存在?」
ポニーテールを結い終えたルーチェが、飛来する歯車に手を向ける。
「謙虚な自己紹介だね」
連続する甲高い衝突音。
ルーチェの展開した魔法障壁が、すべての歯車を防ぎ切っていた。




