召喚の儀
目を覚ますと、そこは戦場だった。
天空を舞うマザードラゴンと、金色に輝く【ゾハル】が、神話級の戦いを繰り広げていた。
大空には無数の歯車が飛び交い、その間隙を縫うようにして飛翔するマザードラゴンが、琥珀色のレーザーのようなブレスを放っている。
両者一歩も退かない激しい攻防だが、趨勢は【ゾハル】に傾いているようだった。
「こうしちゃいられない」
マザードラゴンとサラの関係がどういうものなのかはわからない。けどサラがこの状況を作り出してくれたことは確かだ。
俺は横たわっていた体を起こす。
マザードラゴンの力だろうか。俺の五体は完全に快復していた。イキールと一緒にマザードラゴンに食われた時と同じだ。
よし。これならいける。
俺は近くで動かなくなっているアンに駆け寄り、容体を確認する。
激戦のダメージは相当なものだ。漆黒のドレスはほとんど破れ散り、もはや全裸に近い。だが、目立った外傷はない。弱々しいが息もある。
さすがは魔王。【ゾハル】と戦ってこの程度で済むなんてな。
「アン。大丈夫か」
ほっそりとした肩を揺らすと、アンの瞼がぴくりと動いた。
反応はあっても返事はない。
「すまん。もう少しだけ頑張ってもらうぞ」
俺は謝りつつ、アンをお姫様だっこする。
そして少しずつ崩れていく『臨天の間』の歩き、エンディオーネの大鎌を拾い上げた。
「あとは……ドルイドの魔力」
空を仰ぐ。
マザードラゴンは徐々に劣勢に陥っていた。無限にも思える鋭い歯車に攻め立てられ、全身に傷を負っている。切り裂かれた部位からは、琥珀色の光る粒子が漏れ出ていた。
「アン。悪いけど、お前の力を貰う」
俺は抱いているアンに魔力を流し込み、瘴気を発露させる。根源であるマーテリアの神性を探り当て、アンの中から摘出。エンディオーネの大鎌へと移した。
アンの全身から放出した漆黒の波動が、大鎌に宿り、なんとも禍々しいオーラに変わった。
「はは。女神の道具とは思えないな」
だがそれでいい。
エンディオーネの大鎌は生命を刈り取るものなのだから。
「準備はいいぞ!」
俺は大鎌を高く突き上げ、大空に叫んだ。
【ゾハル】とマザードラゴンの意識がこちらに向く。
(ロートス・アルバレス! 生きて……? いや、それはまさか――)
マシなんとか五世の余裕のない思念が届くのと、マザードラゴンが琥珀色に閃いたのは同時だった。
(ちいっ! ファルトゥールの残り滓がここまでやれるなんてね!)
一際大きな歯車を顕現させ、射出する【ゾハル】だったが、それが届くより速く、マザードラゴンは俺めがけて極大のブレスを吐き出した。
琥珀色の光柱。目が眩むほどの輝きだった。
大鎌に、光が差す。
その直後、動きの止まったマザードラゴンは歯車に貫かれ、琥珀色の粒子となって呆気なく砕け散った。
(神性が……? そうか。そっちに!)
そうだ。
ファルトゥールの神性は、全部エンディオーネの大鎌が吸収した。
この手に揃ったんだ。
創世の三女神の神性すべてが。
(今さらそんなモノで何をするつもりだい? 搾りカスのようなちっぽけな神性でさぁっ!)
降下してくる【ゾハル】の陰が、俺の上に落ちた。
「お前にはわからないだろうな。後にも先にも、自分一人で戦う発想しかできないお前には!」
すでに覚悟はできている。召喚の手段はこれしか知らない。
俺はエンディオーネの大鎌で、自らの首を刈り落とした。




