無垢なる白き回廊
いつしか俺は、果てが見えないほどの真っ白い空間に立っていた。
どういうことだ?
今の今まで、マシなんとか五世の大音声が頭に響いていたはずだが。
俺は五体を取り戻し、研ぎ澄ました感覚をもってしっかりと立ち尽くしている。
「ここは、一体なんなんだ?」
この世界に転生して、何度か来た空間。
一度目はセーフダンジョン『クロニクル』内部。
そして二度目はマザードラゴンの腹の中。
「ここは狭間。歩いて行けない隣り合う世界を繋ぐ無窮の空なのです」
その声を耳にして、俺の鼓動は高鳴った。
長い間ずっと、聞きたくて聞きたくて仕方なかった声だったから。
「サラ……!」
声は近くから聞こえる。だが姿は見えない。
「どこだ? どこにいる?」
「すぐ傍にいるのです。歩いて行けない隣に」
言われた瞬間、サラの姿が目の前に現れた。
マザードラゴンの中で会った時と同じだ。
「サラ!」
咄嗟に抱きしめようとするが、見えない壁に押し戻されて近づけない。
なんでだよ!
「ボク達の世界は重なっています。でも、決して触れ合うことはないのです」
「それが、歩いて行けない隣ってことなのか?」
サラは頷く。
「ずっと待ち望んでいました。目を合わせて言葉を交わせるのが、どれだけ嬉しいか。叶うことならこの肌でたくさん伝えたいのです」
「ああ……そうだ。俺もだ。いや、触れ合えなくたって、一緒にいられれば――」
「時間は限られているのです。ご主人様」
「サラ……」
そんな切ない笑みを浮かべないでくれ。
見てるこっちが辛くなる。
「今、マザードラゴンが【ゾハル】の力を抑えています。長くは持ちません。はやく次の手を打たないといけないのです」
「マザードラゴンが」
そうか。
サラはこの時を待っていたんだ。
俺がコッホ城塞に来るこの時を。
それはつまり、このロートス・アルバレスが【ゾハル】と対面する時ってことだ。
「まだ打つ手はあるんだな」
「もちろんです。この瞬間のために、ボク達はずっと準備してきたのです」
「よし」
だったら俺は、サラを信じてやるべきことをやるだけだ。
「【ゾハル】はエレノアさんの創った理の外にいます。だから、エレノアさんの世界にあるものでは太刀打ちできません。【ゾハル】を倒すには、こちらも異なる根源粒子から生まれた現象を用いないといけないのです」
「女神の神性だな」
サラは首肯する。
「生命の大鎌。魔王の瘴気。そしてドルイドの魔力。これら三女神の神性が【ゾハル】に効果のある武器なのですが……」
「なにか問題があるのか?」
「ありていに言えば力不足なのです。三女神の神性といっても、それらはごく一部の残滓ですから。そこで」
ぴん、とサラの人指し指が立った。
「三女神の神性を用いて新たに別の存在を構築します。つまるところ、召喚なのです」
「……召喚?」
まじかよ。
まさか俺が召喚する側になるなんてな。
「で、いったい何を召喚すればいいんだ?」
「はい。それは――」
その後に続くサラの言葉を聞いて、俺は驚き、すぐに納得した。
「いま【ゾハル】に対処するには、この方法しかないのです」
「確かに。確かにそうだ」
噛みしめるように、俺は頷く。
興奮のあまり手が震えていた。
サラの体は無数の光の粒になりつつあった。それらはゆっくりと四散し、虚空へ溶けていく。
「マザードラゴンも限界なのです。ご主人様、よろしくお願いします」
「ああ。任せろ」
今度こそ必ず取り戻す。
俺の世界――いや。
俺達の世界を。




