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怒りの日

(これが僕の人生の結晶。【ゾハル】だ)


 見ただけでわかる。

 ヤバいやつだ。


(キミには感じられるはずだ。【ゾハル】の異質。逸脱した概念を)


 死にかけの俺にも理解できる。

 確かに目の前に浮かんでいるのに、紛れもなくこの世界から外れている。

 それはまるで、形は合っているのに絵柄が違うピースのはまったジグソーパズルのようだった。


(長年の研究が実を結んだんだ。【ゾハル】はこの世界のモノじゃない。エレノアちゃんの根源粒子で創られていない唯一の物質だ)


 エレノアの根源粒子で創られていないだと。

 この世界において、そんなものが存在しうるのか。


(僕の遺作であり、真の最高傑作だよ。これは結果論に過ぎないが、【ゾハル】を完成させるために【座】に至ったと言っても過言じゃない)


 その物質に、自分の精神を落とし込んだってわけか。

 昔はでっかい歯車の機械だったのが、人間になり、最後には金ピカの本になっちまうとはな。相変わらず意味不明な野郎だ。


(僕がこの境地に辿り着けたのはキミ達のおかげだ。アルバレスの御子らがいなければ、僕は【座】に至ることさえ諦めていただろう。嘘偽りなく、心の底から感謝している。ありがとう。ロートス・アルバレス)


 ふざけてやがる。

 今すぐあの本を燃やし尽くしてやりたいが、今の俺には怒りに打ち震える体力も残っていない。


(そうだ。この際だから伝えておこう。僕の大目的。キミは聞きたくないかもしれないけど)


 ああ聞きたくないね。

 どうせロクでもない目的だ。


(僕の大目的は、すべてを破壊すること。原初の女神の創世から続く、この世界のすべてを)


 ほらな。

 やっぱりクソみてぇな目的だ。


(それだけが、人が神から解放される唯一無二の救済なんだよ)


 ちがう。

 そんなものは解放でも救済でもない。

 ただヤケクソになってるだけだろうが。


(いいね。キミの想いがひしひしと伝わってくる。こればかりは究極にして永遠の謎だ。キミは、死にゆく姿までもが眩い)


 好き勝手言いやがって。

 燃え滾る感情とは裏腹に、指先ひとつ動かない。

 これまで何度も死んできたけど、今度だけは違う。


 避けようのない消滅の気配が俺に迫っている。蘇生も再生もありえない。

 ここで死ねば、すべてが終わる。


(そうだ。すべてが終わる。共に終止符を打とうじゃないか。永きに渡る、世界を巡る戦いの歴史に)


 目はもう見えない。辛うじて光の明暗を知覚できるのみ。

 俺に分かるのは『ゾハル』の放つ光が急激に強くなっていることだけ。


 これは、すべてを終わらせる金色の光だ。

 俺が生まれ落ち、生き抜いてきたこの世界が、終わる。


 前世界も。

 エレノアの世界も。

 神も人も。

 その存在と痕跡のすべてが、終わる。


(クライマックスを迎えよう。ロートス・アルバレス!)

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