絶望の序曲かもしれぬ
「やったか!」
ひととき、黒々とした波動が空に拡散する。それはすぐに霧消し、爆散した塔の先端を露わにした。
瓦礫はもう飛んでこない。
「あれだけの威力で、先っぽしか壊れねぇのかよ」
恐るべしヘッケラー機関の謎技術。
「だが、瓦礫は止んだでやんす」
息を切らせたオーサが、その場に膝をつく。
「はぁ……老体には堪えるでやんすよ……」
「年寄ぶるな。まだ五百を越えたばかりだろう」
オーサを抱え上げるフィードリッドだが、彼女の呼吸も荒く乱れている。
「安全な場所に移るぞ。アナベルがやばい」
俺は気が気でなかった。
まさか一手で致命傷を負わされるとは思ってもみなかった。しかも、敵の正体もわからない。俺は、自分でもわかるくらいに浮足立っていた。
とりあえず俺達は付近の比較的無事な建物へと避難した。
奇しくもその場所は、なにかと縁のあるカフェテリアだった。
「アン。アナベルはどうだ」
今はテーブルに横たわったアナベルの容体をアンが確認している。
「肉体の損傷が深刻です。治療は可能ですが、時間がかかるでしょう」
「そうか……」
「この状態ではまともに動くのも難しい。今すぐ引き返した方が賢明です」
「そんなっ……ここまで来て――ッ」
抗議のため体を起こそうとしたアナベルが、痛みに顔を引き攣らせる。
「胴体に大穴が空いているのですよ。本来なら致命傷です。主の応急処置のおかげで、辛うじて痛みと出血を抑えられているだけ」
言いながら、アンは医療魔法をアナベルに使用している。
場はお通夜のような雰囲気になっていた。
「婿殿。決断の猶予はないぞ」
「ああ」
アナベルの気持ちも分からないでもないが、ここは退いた方が身のためだ。
「オーサ。フィードリッド。二人はアナベルを連れて世界樹に帰ってもらえるか」
「お安い御用でやんす」
「ちょっとパパ……!」
「その怪我じゃ無理だ。安全な場所で回復に専念するんだ。治ったら、追いかけてきていい」
反論はない。
なぜなら、俺の主張は紛れもない正論だからだ。
オーサとフィードリッドをアナベルの引率に選んだのにも理由がある。先程の魔法障壁展開で魔力が尽きかけているからだ。このままではこの二人の身も危ない。
フィードリッドがぱんと手を叩く。
「そうと決まれば即刻引き返すぞ。安心しろアナベル嬢。世界樹に戻ればエリクサーを用意できる」
「え、いいの……?」
「ああ。貴重な品だが、こういう時の為にストックしているのだ。使わぬ手はない」
「……ありがとう」
「気にするな。血は繋がらずとも、婿殿の娘ならワタシの孫も同然だ」
微笑ましいことこの上ないわ。
しかし、ほのぼのしてもいられない。今は外でリリスが警戒しているが、またいつ攻撃が来るかわかったもんじゃないからな。動くなら早い方がいいだろう。
早くもパーティの半数が撤退することになった。この先の状況もわからない。
やっぱり一筋縄じゃいかねーな。
だが、俺はまだまったく分かっていなかった。
コッホ城塞の恐ろしさは、こんなもんじゃないということを。




