別離の兆し
エンディオーネは嬉しそうに微笑む。
「それでこそ、ロートスくんだよ」
こいつは最初から、俺の答えを知っていながら、なお煽るような問いを投げかけたに違いない。残留思念でこれなんだから、本物はハンパなく意地が悪い。
まぁ、エンディオーネは最初からそうだ。なにせ自分の目的を遂行するために、俺を殺して異世界に連れてきたんだからな。
そう、目的だ。
「おいエンディオーネ。お前の目的はなんだ。エレノアの世界が生まれちまった今、お前は思念を残してまで何をしようとしてる?」
「あたしの目的は何も変わってないけどねー」
「俺を神にするってか?」
「それは手段だよー」
「なら、変わってない目的ってのは一体なんだ」
「それはね」
不意にエンディオーネが見せたのは、これまで見たことのない種類の表情だった。
慈愛、愛情、母性。そういった感情を思わせる柔らかな笑みだった。
「この世界の生きとし生けるものすべてが、一切あまさず、『生まれてきてよかった』って、そう思えるようにすることだよ。この世界に命をもたらしたのは、あたしだから」
やけに真剣な、そして悲壮な声色だった。
神には神の責任があるってことかよ。
「でもあたしじゃ力不足だった。頑張ったけど、世界にはじわじわーって悲惨が広がっていっちゃう」
「俺が言うのもなんだが、今のままでもお前の目的は達せられないか? エレノアの世界は、わりと良い世界だと思うぞ」
「ダメ」
きっぱり否定するんだな。
「人は同じ過ちを繰り返す。神様みたいな超越的な存在にすがりついてるうちは、その連鎖は終わらないんだよ」
女神のお前がそれを言うのかよ。
「ロートスくん。あたしがキミにやってもらいたいことは、神からの脱却なんだ。それは、人の身で神になろうとするキミにしかできないことだから」
「責任を俺に押し付けんのか」
「恨んでくれたっていいよ」
「バカが。そういう問題じゃねぇ」
思わず舌打ちを漏らす。
「言われなくてもやるさ。その為に必死に戦ってきた」
「その想いを聞けてよかったよ」
エンディオーネはしっかりと頷き、椅子から立ち上がる。
「じゃあ、女神らしく導きを示そうかな」
その手に大鎌を権限させ、柄頭で床を打つ。
すると、純白の空間に急激な浮遊感が訪れた。
この場にいるそれぞれが驚声を漏らす。
まるで高速上昇する絶叫マシンに乗せられているかのような感覚。股間がヒヤリとした。
「コッホ城塞は、世界樹の枝を伝って行けるようになってる。それが唯一のルートだよん」
「コッホ城塞……?」
「へへ。あそこに行きたいんでしょー?」
そうか。
流石は『ユグドラシル・レコード』だ。直近の出来事も把握済みか。
「世界樹の上まで連れてってくれるのか?」
「うん。それで、あたしの役目は終わり」
「……そうか」
その後は無言のまま、慣れない浮遊感に身を委ねるのみだった。




