一大事を乗り越えたんちゃう?
「何回目だよ。高いところから落ちるの」
十回は落ちてる気がするなぁ。
これも俺の運命に違いない。高所から落下する宿命を背負っているんだ。
「公子……?」
「ん?」
「無事?」
「見ての通りさ」
五体は綺麗になっている。痛みもない。
俺達の周囲には、無数の岩石や大木が墜落し続けている。先程の暴風に巻き上げられた物が重力に引かれて落ちてきているのだ。俺が魔法でドーム状のバリアを張っているから、こっちには落ちてこない。
「あれ? 腕が、治ってる?」
イキールは右腕を押さえ、状態を確認している。
俺の怪我も治っているところをみるに、どうやら二人とも完治しているようだ。
「マザードラゴンのおかげか」
「どうして私達を治してくれたのかしら」
「マザードラゴンの正体がわかれば、それもはっきりするさ」
俺達は大地に寝ころんだまま、じっと重なり合っている。
落下物が止まらないということもあるが、危機をくぐりぬけた安堵と余韻から、すぐに動く気になれなかった。
意外なのは、俺の胸に頭を乗せているイキールだ。
こいつのことだから、すぐにでも離れると思っていたんだが。
なんとなく、イキールの背中に腕を回す。抵抗も、抗議もない。
俺達はしばらく、お互いの体温と生き残った喜びを感じていた。
「ねぇ。重くない……?」
「そんなこと聞くなよ。カッコつかないだろ」
胸元でクスクスと笑う声が鳴る。
次第に収まる落下物と土煙。周囲の視界が晴れやかになってくると、信じがたい光景が目に映った。
「おい。イキール」
「なに?」
「見てみろ」
地形が変わっているのは想定内だ。あれだけの事が起こったんだからな。
だが、流石にあれはおったまげる。
「うそ……ランスピア山が、なくなってる……!」
俺の胸に手をついて体を持ち上げ、驚愕するイキール。
彼女の言葉通り、景色から山が消えていた。
デメテルとグランブレイドの国境となっていた山脈が、そのまま丸ごと消滅していたのだ。
「なんで……」
「……なるほど。そういうことか」
「一人で納得してないで教えなさいよ」
「ドラゴンの背ってのは、比喩表現じゃなかったってことだよ」
ランスピア山の尾根の別称。誰が命名したかは知らないが、的を射ていたというわけだ。
「ランスピア山は、マザードラゴンだったってこと?」
「そういうことだ。さっきの天変地異も、マザードラゴンが目覚めたせいだろう。この辺り一帯は、同じように大変なことになってるはずだ」
「じゃあ、麓の村も……あなたのところの騎士団も」
「グランブレイドの使節団も、巻き込まれただろうな……」
何が原因でマザードラゴンが目覚めたのかは定かじゃない。可能性があるとすれば、アンが操ったモンスターの瘴気にあてられたせいか。
マーテリアの神性は、あのドラゴンを刺激するのに十分すぎるだろう。
「あなたを追ってきて正解だったわね。あのまま村にいたら、どうなってたか」
「そうだな……俺が間違っていたようだ」
「でしょ? 自分の直感を信じてよかったわ」
俺の上でドヤ顔になるイキール。
「ああ。本当に、直感を信じるのは大事だな」
俺も、そうやって生きてきたし。
「さぁ、驚いてばかりもいられない。先を急ごう」
エルフの森に向かって、出発だ。




