そりゃ庇うやろ
漆黒の谷。
深い森と山々に囲まれ、日光はほぼ届かない。
微かな木漏れ日が差し込んでいるにも拘らず、この場所は深夜の如き闇の中にあった。
俺が目を覚ましたのは、そんな場所だ。
落下してからどれくらい経っただろうか。俺は気を失いこそしなかったものの、落下の衝撃で負傷し、動けずにいた。
今の俺の肉体は、それほど頑丈ではない。
イキールを庇って下敷きになったこともあり、重傷を負っている。
そのイキールは、俺の上で気絶していた。息があるのが不幸中の幸いか。
「う……ううん……」
イキールが苦しそうに呻く。
どうやら目を覚ましたようだ。
「……ん」
俺の胸に顔を乗っけたまま、身じろぎするイキール。
「ここって……ここは……ああっ!」
うわ言のように呟き、だしぬけに体を起こす。
「いたっ……!」
急に動いたせいで激痛を感じたのか、イキールは眉を寄せて右の二の腕を押さえた。
「大丈夫か? 腕が変な方向に曲がってるぞ」
俺の言葉通り、イキールの右腕は、人体の構造的にありえない角度を描いていた。
「公子。私達、どうなったの」
「落ちたんだよ。ドラゴンの背からな」
イキールは頭上を見上げるも、そこには分厚い木々しか見えない。
「木の枝がいい感じにクッションになったみたいだな。死んでもおかしくなかった。大いなる自然に感謝だな」
「そんなこと言ってる場合? どうするのよ……これ」
土の地べたに座り込んだイキールは、周囲を見渡して途方に暮れている。
俺は懐から念話灯を取り出す。幸い、破損はしていないようだ。
だが。
「信号は……ないな」
「救助は期待できないってことね」
こんな状況なのに溜息すら麗しいんだから、イキールは本物の美少女だな。
「それにしても」
イキールは負傷した腕を気遣いつつ、ゆっくりと立ち上がる。
「本当。森しかないわね」
「たしかに」
「ねぇ。いつまで寝てるの」
ミニスカートから伸びるイキールの白い脚を眺めていると、咎められてしまう。
「動けないんだ」
「うそでしょ?」
「マジ。医療魔法をかけてるからちょっと待ってくれい」
「もう」
傍に膝をつき、俺の胸に手を当てるイキール。
「シースルー・コンディション」
青い瞳が光を帯びる。魔法で俺の容体を確認するつもりのようだ。
「え……なにこれ……っ!」
瞠目。
「どうしてこんな状態で、平気な顔してられるのよ……!」
「大袈裟だな」
「大袈裟じゃないわよっ。生きてるのが不思議なくらいよ!」
実際、俺のダメージは深刻だった。おそらく背骨も含め全身の骨が損傷しているし、心臓と肺以外の臓器はのきなみ破裂しているはずだ。
一見けが人じゃなさそうだが、瀕死には違いない。常人なら痛みだけでショック死しているだろう。
「あの高さから落ちたんだ。生きてるだけで儲けモンだ」
「あなた……もしかして」
そこまで言って、イキールは口を噤んだ。
理解したのだろう。
自分が腕の骨折だけで済んだのは、俺が落下の衝撃をすべて肩代わりしたということを。
イキールは唇を噛み、じっと俺の顔を見つめる。




