メシアが如く
「殿下の馬車が……落ちたッ!」
グランブレイドの護衛兵が叫ぶ。だが、気にかけてる暇などない。大量のモンスターが襲いかかってきている。
騎士達は完全なる奇襲に狼狽し、各々が武器を手にモンスターの対応に追われるばかり。
混戦の中で、ワイバーンの急降下による突進が、アナベルの馬を転倒させた。
当然、落馬するアナベル。その拍子に、アンの馬車を追いかけるようにして崖下へと落ちていった。
上手いっ。完璧な流れでアンに続いたな。
あれなら合流できるはずだ。そして消息不明となって身を隠すことができる。
さあ、俺も後を追うとしよう。
そう思っていたのだが。
「何をやっているの! 混乱せずに隊列を整えなさいっ!」
ドラゴンの背の上。ここにいるはずのない女の声が響きわたった。
白馬を駆って颯爽と現れたのは、あろうことかイキールだった。
あいつ。追いかけてきたのかよ。
「数に惑わされないで! 敵の攻撃は見た目ほど激しくないわ!」
ドラゴンの背に突入してきたイキールは、左手に手綱を握り、右手で剣を掲げる。
「フレイムボルト!」
振り上げた剣の切っ先から、火炎の短矢を撃ち出す。
風を切って空を走った炎は、アナベルを落馬させたワイバーンに命中。瘴気を纏っているせいで、如何せん効果はない。
と、思いきや。
ワイバーンは思い出したように脱力し、そのまま谷へと落ちていった。
あれはアンの仕業か。攻撃を受けると離脱するように命令しているのだろう。
それを見た騎士達の士気が上がる。
「立て直せ! 落ち着いて対処しろ!」
「こいつらを一掃して、殿下のご安否を確認するのだ!」
騎士達は奮戦してモンスターを撃退していく。
そんな中、コーネリアの指示が飛んだ。
「不要な戦闘は避けなさい! 進路を見出したものはドラゴンの背を通過するのです!」
たしかに、こんなところで戦っていたら、いつバランスを崩して足を滑らせるか分からない。
アンの操るモンスターは人を殺さないように命令されているが、勝手に滑落することを防ぐことはできないからな。
「公子! 無事なの?」
俺の姿を見るや否や、イキールは一直線に尾根を駆ける。
「バカ! こっちに来るな!」
落ちるだろ。
「待ってなさい! 今助けてあげるわ!」
「いいって!」
俺の言葉など聞く耳持たず、イキールは狭い尾根で馬を走らせる。
往々にして、不測の事態は起こるものだ。
アルバレスの騎士団長が放った魔法が、モンスターを吹き飛ばし、それがイキールの方へと転がっていく。その結果、馬が驚き、ぐんと前脚を挙げてしまった。
「あっ」
イキールは馬から振り落とされ、落馬。
そのまま宙に放り出される。
「ウッソだろ!」
俺は反射的に馬上から跳んだ。
奈落の底へ落ちていくイキールを追いかけ、抱き締める。
俺達はそのまま、数百メートルもの垂直落下を共にすることなった。




