計画実行前日のアレコレ
「様子はどうだ?」
「特に動きはないわね」
「ふむ。そろそろ交代するか? ずっと気を張っていても疲れるだろ」
「平気よ。これくらい」
「そう言うな。先は長いんだ。休むことも務めだろう」
「……じゃあ、お願いしようかしら」
「ああ。隊の後方にいるといい。なんなら馬車に乗っててもいいぞ。侯爵令嬢なんだからな」
「それはいい」
ひらひらと手を振り、イキールは馬を速度を緩めて後方へと下がっていった。
代わって俺が、グランブレイドの馬車の隣につく。
すると俺の意図を察したコーネリアが、近づいてきた。
「小公爵様。手筈通りに?」
「ああ。計画に変更はない」
コーネリアにも今回の計画を知らせてある。
俺達がいなくなった後の始末をつける役が必要だし、これを期にアンの替え玉に終止符を打つ予定だ。コーネリアは名実ともに王女へと返り咲くというわけだ。
「上手くいくでしょうか」
「いくさ。必ずな」
その時、馬車の窓がゆっくりと開かれる。
中から漆黒のベールをかぶったアンが顔を覗かせた。
「コーネリア。後のことはよろしくお願いします」
「ええ。任せてください。今まで、おつかれさまでした」
ことが起これば暢気に挨拶をしている暇はない。この二人の、これが今生の別れになるかもしれない。
それをわかっているからだろう。二人の声色には名状しがたい感慨が滲んでいた。それなりに長い付き合いだ。思うところがあるのだろう。
前世界では、俺がアンを拷問した場面をコーネリアが見ていた。それくらいしか接点のない二人だが、それがまさかこんな関係になろうとはな。
「主。ランスピア山の稜線上でけしかけます。ドラゴンの背と呼ばれる、道の細くなった地点が最適かと」
「おっけー」
ランスピア山とは、国境として設定されている山脈の一座だ。切り立った断崖が続く高山であり、通過には危険を伴う。
何故そんなところを通るのかというと、危険な地形であるがゆえにモンスターが生息しないからだ。
地形の危険さと、モンスターの脅威。どちらのリスクを取るかの選択肢の中で、前者を選んだというわけだな。
まぁ、今回に限ってはどちらも受け入れる予定なんだが。
さて。
それからも緊張感のある旅は続き、一日が経過する。
そして俺達は、ランスピア山の麓にある村に宿泊することになった。
「へぇ。良い部屋じゃない」
俺の部屋を見たイキールが、そんな感想を漏らした。
「まぁ、一応公子だからな。つーか、なんで俺の部屋に来たんだよ? 自分の部屋あるだろ」
「隣にね。癪だけど」
周囲が気を利かせてくれたのか、俺とイキールは隣同士だった。
「まぁ一応婚約者ってことになってるから。これはこれで都合がいいわ」
イキールはベッドに腰掛けると、だしぬけに神妙な顔つきになった。




