とりあえずの案
「いえ、存続していると言うと語弊があるかもしれません」
「なに?」
アンの前言撤回に、俺は眉を顰める。
「消えずに残っているというのは事実です。ですが、あーし達がいた時のような形ではありません。前世界の残滓が異界に漂っている、と表現するべきでしょうか」
「どういうことだ」
「有り体に言えば、眠っているのです」
「眠る? 世界がか?」
「はい。ですから何かの拍子に目を覚ます可能性があります。例えば、あーしが目論んでいたマーテリアの復活然り、〝ユグドラシル〟なる組織が企図するペネトレーション然り」
「つまり、エレノアが創り変えたこの世界を揺るがす、なんらかの大きな刺激があれば……」
「前世界は目を覚ますでしょう」
なるほどな。
だんだん話読めてきたわ。
「ちょっと待って」
そこでアナベルが口を開いた。
「前世界が目を覚ましたら、この世界はどうなるの?」
「それは……」
アンは首を横に振る。
「わかりません。再び前世界に置き換わるのか。二つの世界が交じりあうのか。あるいは衝突するのか」
「やってみなけりゃどうなるか分からないんだな。まぁ、物事ってのはなんだってそうだ」
「でもパパ。それじゃリスクが大きすぎない?」
「虎穴に入らずんば、ってやつだ。俺の世界を取り戻すには、それくらいの覚悟は必要だろ」
「それでママに会えなくなったらどうするのよ」
「どのみち今のままじゃ会えないんだ。もちろんリスク管理はするけど、何も行動を起こさないわけにはいかない」
「……まぁ、たしかに」
部屋にはしばらく沈黙が訪れる。
「わかったわ。それで、これからどうするの?」
「一度エルフの里に行こうと思う。魔法学園でペネトレーションが起こった件について、色々と聞きたいこともある」
「咎めるつもりなの?」
「いいや。そんなことに意味がないのは理解してるつもりだ」
「じゃあどうして? 連絡なら念話灯でもできるでしょ?」
「世界樹に行きたいのさ」
アナベルには俺の意図がわからないようで、可愛らしく首を傾げる。
「〝ユグドラシル・レコード〟ですか」
アンが補足すると、アナベルは得心したように手を叩いた。
「〝ユグドラシル・レコード〟にアクセスする気なの?」
「そうだ。この世のすべてが記録されているとなれば、何か重大な手掛かりがあるに違いないしな」
「でも……あれってエルフにしか触れられないんでしょ?」
「なんでも試してみるもんさ。俺はそうやって色々成し遂げてきた」
最初からできないって諦めてたら、何も成功しない。
不可能と言われていることだからこそ、とりあえず自分の手で試してみることは大事だ。
たとえ無理だったとしても、そこから次の手が見つかるかもしれないしな。
というわけで、エルフの里に向かうとしよう。
今回の事件の後片付けが、ある程度終わったらな。




